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第5話

夜神は澄の履歴書をつまみ上げると、「東京都内の出身? そりゃないだろ」とつぶやく。 「お前、これはホントの話か?」 澄は仏頂面で「知らねぇし」と言い返す。雁が眉をひそめて「どういうことだ?」と尋ねる。 「履歴書に嘘を書いたということか?」 澄に詰寄る雁を見て、夜神は「半グレ集団のボスが遵法精神に厳しいとはね」と皮肉っぽく言う。 「半グレ? いえ、夜神先生は、アンセルフィッシュのことは好きに呼んでくださって構いません。しかし、我々は警察とも交渉する自警組織です。だからこそ、細かな法を守り、別件逮捕させるような隙を作るわけには……」 「ああ、わかった、わかった。雁の野心と熱意はよくわかった。でも、コイツの知らないってのは、そのままの意味だろ」 夜神が「だろ?」と言うので、澄はうなずいた。 「戸籍謄本にはその住所が書いてあったけど、オレはわかんないんで。子どもん時の記憶がないから」 雁がハッとした顔をする。夜神は肩をすくめて「この街じゃ、よくあることだ」と言った。 「なんでお前が記憶を失ったのか聞く気はない。俺が知りたかったのは、その【魂】がどっから来たのかだ」 今度は雁は「たましい?」と困惑した表情を浮かべた。 「ああ。こいつの魂は、その歳にしては有り得ないくらい清浄だ。ふつうはこれくらい無垢だと、子どものときに化け物どもに肉体ごと食われて、大人になるまで成長できないんだがな。周りに守護者がいたのか、子どもの頃に修行をしたのか……」 澄は顔をしかめて、「知らねぇよ」ともう一度繰り返した。夜神は「わかった、わかった」と笑った。 「そういうわけで、雁、お前の連れてきたこの坊やは、霊感があるどころじゃない」 「そ、それは見込みがある……才能があるということですか?! 霊能力者になるための」 夜神は「なんつーか、才能って言うよりは、こいつは不運のほうだな」と頭をかいて言う。 「お前、よく死なずに生きてきたな」 夜神のその言葉に、澄は気持ちが悪くなった。胸がムカムカする。だから「ムカつく」とつぶやいた。彼は「そうか」とまた笑った。 雁は「それで先生、彼を助手にしていただけますか?」と聞く。 「こいつ次第だなあ。好みのタイプだし、うちに置いてやってもいい」 「はあ?! 夜神先生、こういう美少年顔の子がお好みでしたか」 雁が聞き返すと「顔じゃねぇーよ、魂だっつーの」と夜神は呆れた表情で言う。 「じゃあ、あんたはオレを食うつもりか?」 澄は夜神を睨み返していった。いつもなら殴りかかってやりたいところなのに、今日は身動きひとつできない。このビルの妙に清浄な空気のせいだろう。 夜神は「食われたいか?」とニヤリと笑った。 最悪の男だと思った。だけど、彼から目を離せなかった。 「こいつは、初めて出会ったタイプの人間だ」 そのことだけがわかった。 雁が隣で、なんとか澄を雇って欲しいと夜神に懇願している。それにNOとは言えなかった。低い声が「仕方ねえな」と言う。 「お前の名前は……(すみ)か。澄み切った魂。そのまんまだな」 彼は満足気に履歴書を窓にかざして独りごちた。

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