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第6話

「おう、来たか。助手のくせに初日から遅刻とは度胸があるな」 澄は珍しく髪もぐしゃぐしゃで、服装もちぐはぐだった。8時半に事務所に出勤するはずだったのに、もう時計は9時をまわっている。息を切らして真っ赤な顔で「すみません」と謝った。 夜神は「どうせいつもクラブで遊びまわって、昼夜逆転生活してたんだろ」と言われ、顔があげられなかった。 「仕方ねえな。明日からはちゃんと来いよ」 意外なことに夜神はそれきりだった。ネチネチと嫌味でも言われても仕方ないと思っていたので、澄は拍子抜けしてその場に立ち尽くしてしまう。 「ひでぇ顔だな。そんなしょげるな。履歴書に前職はコンビニの夜勤だって書いてあったから、生活習慣変えるのは大変だと思ってたからな。遊んでて遅刻したとは思ってねーよ。ちょっとからかっただけだろ?」 「履歴書、信じるんすか?嘘かもしんないのに」 「さすがに経歴詐称かどうかくらい、霊視できるぞ。事情は知らんが、出生地はおそらく東京都じゃない。あとはだいたいホントだろ?」 澄は「嘘は書いてない」とつぶやく。 「だろうね。しかし、コンビニの夜勤なんて地味な仕事やってたもんだな。周りに紹介してもらえば、ヤバくても稼ぎのいい仕事なんていくらでもあるだろ?」 そう聞かれて「そっすね」と話題を流そうとした。が、もう一度、夜神の顔を見て、少し考えてから言った。 「オレの部屋、いろんな奴が入ってきて……ほら、お化け的なやつなんスけど……だから部屋にいたくなくて夜勤、みたいな感じッスね。コンビニはすげー明るいから、ああいうの、入ってこないし」 そこまで言うと、夜神は「おい」と低い声で止めた。 「お前、まさか部屋に結界はってないのか?」 澄は顔をしかめて「ケッカイ?なんスか、それ」と聞き返す。夜神の顔が険しくなり「お前じゃあ、昨日の夜は化け物だらけの自分の部屋で寝たのか」と詰問調で聞く。 「そっすよ。だから、奴らがうるさくて寝れなくて……」 そう答えかけると、夜神が「はあ」とため息をついた。 「なんでそれを早く言わねぇんだよ? 相談しろよ。俺は霊能力者なんだからさ」 「言っても仕方ないし」 夜神の説教口調が腹立たしく、澄はイライラして言い返す。 「お前なあ……。わかった、いいよ、こっち来い」 彼は部屋の隅にある本や紙束をいくつか片付ける。そうすると、染みだらけの簡易ベッドが出てきた。 「ここで寝ろ。昨日、寝てないんだろ?」 「嫌だ、なんかこれ、汚ねえし」 澄は薄汚れたマットレスを指差すが、「うるせえ、贅沢言うな」と首根っこを引っ掴まれて、その上に転がされた。 「ふざけんな!! オレに触んな」 ジタバタしようとするが、思ったように抵抗できない。夜神は「わかった、わかった、もう触んねーよ」と言うと、部屋の隅にあったバスタオルを投げつける。 「今日のお前の仕事はそこで寝ることだ」 「意味わかんねえこと、言うなよ」 投げつけられたタオルを拾うと、澄は反射的にそれを顔に押し付けてしまった。ほこりくさくてゲホッとむせる。 「いい子にして寝てろ。ここはお前ん家と違って、静かだろ?化け物たちが居ないんだから」 「静かすぎて落ち着かねえよ。こんなキレイな場所じゃオレは息が詰まる」 「ったく、お前、ほんとに文句が多いなあ」 夜神は呆れた顔で、澄が座り込んだ簡易ベッドに近づくと、「手ェ出せ」と言った。 「ほかは触んねぇから、手ぐらい出せ」 「なんだよ、仲直りの握手かよ」 そう言いながらおとなしく両の手のひらを出すと、ゴツゴツした手がそっと握った。そして、夜神は何やらブツブツ言うと、フーっと息を両手に吹きかけた。 その瞬間、澄の両目から一気に涙が溢れ出した。自分の生理的な反応にも追いつかず、「え?は?」と声だけが出てしまう。 「なんだよ、これ。お前、なにしたんだ」 「怖がんなくていいから、ちょっとお祓いしただけだから」 「はあ? オレ、そんなことしていいって言ってねし!」 澄は、いきりたって夜神を睨もうとするが、目の前にある彼のふたつの黒い瞳をみると体が怯んだ。虚無。何も無い真っ黒な穴のような目。ギュッと男の両手を握りしめると「ほら、もう眠くなってくるぞ、ゆっくり寝なさい」と低い声で言われた。 「嫌だ、やめろよ、オレ、こんなとこで眠れない」 そう必死に声を絞り出して言うが、意思に反して体はゆっくりと夜神の方に倒れていった。硬い感触。まさか彼の胸に抱きとめられたのだろうか。大きな手で背中を優しく撫でられた。 「大丈夫、大丈夫。あとでお前ん家にも、結界はってやろうな。安全な場所でゆっくり眠れ」 その声を聞きながら「なんだよ、なんだよ、これ」と、澄は止まらない自分の涙に混乱していた。

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