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第8話

ジャガーの助手席に身を横たえると、首都高速の照明の光が視界を流れていく。澄はぼんやりとそれを眺めていた。車内のスピーカーからは、バッハの無伴奏チェロ組曲が流れている。 「この音楽、雁さんの趣味ですか?」 掠れた声で聞くと「そう。澄は気に入らない?」と彼は尋ねる。 「葬式みたいな曲だと思って」 雁は高らかに笑って、「君はどんな曲が好きなの?」と聞いた。 「オレ、音楽はよくわかんねーから」 変な会話だった。澄の住む夜の街では、雁を知らないものはいない。彼の噂はいろいろあった。裏で盗品や違法薬物を売買する組織を牛耳っていると聞いたこともある。海外のマフィアのボスの隠し子だという説もある。 「雁さん、ほんとにいいんスか? オレなんか引き取って」 「夜神先生のお願いならば、一も二もなく引き受けるとも。しばらくうちのマンションで休むといい」 澄は前髪をいじって「あのオッサン、そんな偉いんスか」とモゾモゾと質問する。 あのあと、夜神は事務所に来た雁に、澄を預かるように強引に頼み込んだ。雁のほうはその場で快諾し、愛車に乗せて澄を家まで連れていってくれるという。2人のやり取りをあっけに取られて見ていた。 「夜神先生は僕の恩人だからね。 先生には感謝してもしきれない」 「怪しくないっスか? オレ、あの人の助手になった奴、3人は行方不明になったって聞いたんスけど」 「ああ、そのうちの1人は僕の弟だ。化け物に食われたらしい」 雁のサラリとした言い方に、澄は「は?」と聞き返すので精一杯だった。 「もうずいぶん前の話だよ。当時の僕は、まだこうしたアヤカシたちの世界に無知だった。弟も霊能力があってね、トラブルに巻き込まれた。夜神先生に助けを求めたが、遅かったよ」 「雁さんの弟さん、夜神先生の助手だったんですか?!」 「押しかけ弟子みたいなもんかなあ。夜神先生を慕ってたね」 雁は「僕がもう少し、しっかりしていればね」とポツリと言った。バッハの静かな音楽が車内に響いている。澄は「やっぱ、葬式みたいな音楽だ」と忌々しく思った。 「澄、安心して欲しい。僕はもう同じあやまちは侵さない。君に無理はさせない。先生もそう思ってるんじゃないかな。だから、僕に君を預けてくれた」 「意味わかんねーし。オレ、自分の部屋に帰りたいんスよ」 「ダメだ。夜神先生もおっしゃるには、君の部屋は化け物どもの巣窟で、きちんとお祓いをして結界をはらなければならない。また体調が戻ったら、部屋には戻れるだろう」 澄は体をシートに沈めて「いままで、オレはそこで寝てたし」とつぶやく。 「熱もあるんだし、しばらくうちで寝てればいいじゃないか。夜神先生には看病や介護の能力はないから、適切な判断だと思うよ」 「他人の家、苦手なんスよ」 そう言うと、澄はシートの上でゴロンと横向きになり、車窓から見える東京の夜景を睨みつけていた。

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