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第5話

 それが縁で、シオリはリョータを雇うことになった。  次の日の開店準備前、シオリは近所で悠々自適に暮らすゴロウのもとに赴いた。 「へえ……ここまで同じような形になるもんなんだな」  昨日リョータに撮らせてもらった画像を見せると、ゴロウはまじまじと見入った。ゴロウもシオリ以外の人に浮かぶ痣を見たのは初めてのことらしい。 「で、なんで同じ痣の奴がいたら逃がすなって言われてんの?」 「それはワシも知らん。親やじいさんから言われただけだ」 「ええっ! マジかよ」 「元丸のところに資料があるかもしれないな。行ってみるぞ」  ふたりは連れ立ってワセ田通りを目指した。迎えた元丸は定休日ということもあり眠そうだ。 「ゴロウちゃん……せっかく来るんなら手土産にコーヒー豆を持ってきてくれよ」 「何年前のことを言ってるんだ」 「まったく、メシ屋なんぞにしおって。あの店は俺の宝だったのに……」  ゴロウの喫茶店を定食屋に改装して数年経っても、いまだに元丸には渋い顔をされる。ゴロウとコーヒーに執着していた元丸は、ゴロウの店でモーニングを食べることを何よりも楽しみにしていた。自分の店が暇ならそのままランチまで居座るのも珍しくなかった。 「で、頼んでたものは見つかったか?」 「うーん、ざっと見たところ、あんまり役に立ちそうなものとかはなかったなあ……」  現在は不動産業を営む聖天家は代々この辺りの地主で、古い資料を所蔵している。  光苑寺界隈はその名の通り、五百年ほど前からこの寺を中心に南北へ栄えていった経緯がある。 「それなら百目(ひゃくめ)さんの方にも聞いてみるか……」 「なにっ、百目だと!?」  南口・ロック商店街のど真ん中、そして光苑寺境内の真横にあたる場所で不動産業を営む百目は、ゴロウよりも年上で一見好好爺に見える狸ジジイだ。  光苑寺北口の不動産を仕切る元丸が北口のボスなら、南口のボスというのが収まりがよいのだろうが、実際は元丸には悪いが、界隈全体を取り仕切る、光苑寺のボスと言っても過言ではない人物だ。 「元丸ー、ワシたちより年上なんだから百目さん、だろ?」 「ひゃ、……百目……さんのところに行くくらいなら俺が調べるから、もうちょっと待ってくれ」 「しょうがないなあ、じゃあ少しだけな。頼んだぞ」 「わかったよ……それでゴロウちゃん」 「んー?」 「なんで百目には土地を預けるのに、俺には任せてくれないのさ……」  ゴロウは隠居を決めた際、南口に少しばかり持っていた先代の土地を処分した。その際、管理手続きを百目に依頼したのが、元丸は面白くないらしい。テリトリー的には南口は百目の管理下なのでそこには口を出すつもりはないが、北口に所持している土地については今回スルーで手つかずだったのが気に入らないのだろう。元丸はいつだってゴロウに頼られたいのだ。 「こっちはワシらのホームだろ? 売ってしまったらもったいないじゃないか。元丸にずーっと、管理してもらいたいのさ」 「そっ……そういうことなら、いいんだけど」  ……ジジイの赤面なんて、引くから。  もはやこれは痴話げんかじゃないかと、シオリは後ろを向いてこっそりため息を吐いた。以前から思っているけれど、このふたりは絶対なんかあると思う。互いに伴侶はもう他界しているし、ゴロウが楽しいならそれでいいとは思うのだが、シオリは自分のことを棚に置いてもやもやしている。  ちなみに南口の土地売却が完了した後、金はシオリに生前分与された。ゴロウの娘夫婦、つまりシオリの両親はtotoBIGに当たってセミリタイヤし、ふたりで世界中を旅行している。つまり金には困っていないので、生きているうちに不肖の孫に与えたかったのだろう。  翌週からやってきたリョータは、驚くほど真面目に働いてくれた。主にフロア側で料理を提供したり片付けやレジを行うのだが、仕事を覚えるのも早かったので、シオリはここ数ヶ月ないほどに仕事がはかどっている。  休憩時間に一度ゴロウ直伝のコーヒーを淹れてやったら、一口飲んで苦い顔をした。そのくせ温めた牛乳を足してやると、飲みなおしてぱあっと顔を輝かせた。その味をいたく気に入ったらしく、後は一気に飲み干した。  普段は擦れているというか、世の中を斜めに見ているようなリョータが、時折年相応の仕草をすると、とてもかわいい。  定食は大盛りが売りだが、決して大味というわけではない。本格的な店に比べたら小さなこだわりかもしれないが、化学調味料や成型肉は使用しないし、魚介類も原料がわからないものは嫌なので自分でさばいている。パン粉も、隣の商店街のパン屋からパン耳を安く譲ってもらって作っている。  リョータはそんなシオリのこだわりに対して素直に感心してくれた。日頃は割とシオリに対してツンツンしているので、評価してくれたことが妙にうれしくて、リョータに対する好感度が急に上がった。

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