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第6話
「シオリさん、女性向けに野菜多めのメニューとかもいいんじゃない?」
「うーん、そうすると手間がかかる割に、単価が取れなくなりそうなんだよな」
「だったら、グラタンとか、オープンコロッケとか、一度に作って置いて、注文が入ったらオーブンで焼いたりすれば、寒い日なんかは喜ばれそうですよ。スープパスタとかもいいですね」
「おっ……いいなあ。でも俺、女性客より、かわいい筋肉くんのお客さんが増える方がうれしんだけど……ってぇ……」
ドスッと脇腹に拳を入れられ、シオリは大げさに呻いてみせた。
シオリは初め、リョータに少し偏見があった。この辺りのオツムが弱い子が入学することで有名な都立高校に通っていたし、なにしろバイトの募集要項もまともに理解できないのだと決めつけていたから。
「マーケティングは、女性の評価なしでは、語れないですよ!」
「うん……そう、だよな。難しい言葉知っててお前すげーな」
「馬鹿にすんな!! 店のためだろ」
店の様子を分析してよりよい営業に繋がるアイデアを考え出したり、お客さんに喜ばれるメニューをあれこれ提案する様は、今までのアルバイトの子たちにはなかったものだ。
今まで仕込みの時間はラジオを聴きながら行うことが多かったが、リョータが来てからはキッチン君津をよりよくするための議論を交わすようになった。
「おい……ごめんな。忙しいからってこんな時間まで。補導されちゃうから送ってくわ」
「いいですよ。俺男だし、近いから」
ひとつ気になっているのは、リョータがなかなかうちに帰りたがらないことだった。忙しさにかまけてつい上がるように声をかけることを忘れていても、リョータは決して自分から「上がります」とは言い出さなかった。
「今日は俺が声かけそびれてたら、お前が自分で言うんだぞ」
「だから時間なんて大丈夫だって」
「お前がよくても、こっちは未成年の雇用規則にひっかかってお縄になっちゃうの!」
「俺が言わなきゃ問題ないでしょ」
「そんなもんか? いや、絶対違うって! こえーな、今時の高校生は」
家のことをあまり言いたがらないが、家族は母親のみで、それもあまり帰ってこないらしい。アパート暮らしで、身の回りの生活全般は自分で行っているようだった。
高校生など、まだまだ親に甘えて衣食住すべて任せっきりの子だって多いだろうにとシオリは顔をしかめた。
自分の親も割とシオリに対して放任主義だったと思うが、食事は母親が必ず作ってくれた。祖父のゴロウも近所だったし、寂しい思いをしたことはない。
シオリはリョータに飯を食わせてやることくらいしかできないので、まかないの他にも、朝食にできるよう食べ物をよく持たせた。
いつも冷めているリョータが、パッと顔を赤らめ、おずおずと礼を言ってくるものだから、ついかわいらしく思ってしまう。だがまだ友好的とはいえないようで。
「おわっ……ってえな、ばかリョータ!」
「シオリさんが悪いんだ!!」
発端はシオリの何気ない一言。
まかないを食べているリョータの口元のソースを拭ってやりながら「彼女とかいないわけ?」とからかったのが地雷だったらしい。
ゴムで結んだ前髪を思いっきり引っ張られた。シオリとしては、こんなにバイトにいそしんじゃって、いつ友人や彼女と遊ぶのだろうと心配してやっただけなのに。
「…………何にも知らねーくせに」
怒りながらも箸を止めることなく定食を食べている。高校生の食欲に感心しながら眺めていると目が合って、また、逆毛を立てた猫みたいにフーッと唸った。
「食べるか怒るか、どっちかにしろ」
「そう思うならくだらないこと言ってねーで、ゆっくり食わせろ!」
やれやれと、シオリは厨房に戻って片付けに入った。近頃食洗機の開閉部分の調子が悪く、苦戦していると、急に静かになった。リョータが立てていた、フォークと皿がぶつかる音がしない。
「リョータぁ……まだ怒ってんのかー?」
立ち上がりカウンターに顔をだしたシオリは、目を見張った。
「リョータ!!」
カウンター席のスツールから、崩れ落ちるようにリョータが倒れていた。仰向けにさせるが、白目を剥いて呼吸をしていない。
「きゅ……救急車だな、まずは」
カウンター端の電話子機を手に持ち、119番通報しようとすると、左手の痣が焼けるように痛んだ。胸骨圧迫もしなければいけない状況だというのに受話器を握ることもできない。焦っているとカッと目を見開いたリョータが、この世のものとは思えない、地の底を這うような声でシオリを呼んだ。
同時に痣の痛みは嘘のように引く。
「……ひゃ、くめ……をよ、べ……」
「お前、百目さん知ってるのか?」
緊迫した空気と裏腹なシオリの暢気な問いかけには応えず、リョータは百目を呼べと繰り返す。わけがわからないが、とりあえず光苑寺の商会名簿を取り出して百目不動産の番号を調べ、コールした。
「……そうか、わかった。ついでにゴロウも呼んでこい」
少年が倒れて百目を呼べと言っている――シオリの支離滅裂な説明にも、百目は思いのほか冷静に話を聞いて、すぐに向かうと言ってくれた。
店の外はものすごい夕焼けで、通りが真っ赤に染まっている。いつもなら美しいと思うその景色が、今はただ不吉なことの始まりに思えた。
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