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第7話

「とりあえず、この子は上に運んだ方がいいな」 「動かして大丈夫なのか?」 「ああ」  ものの十分で、百目もゴロウもやってきた。店は準備中のままにしてシオリはリョータを二階の住居部分に運んだ。リョータは呼吸はしているがゼイゼイと苦しそうだ。それなのに時折目を開けて恨めしそうに周囲を見回している。  百目がリョータの制服の首元をくつろげてやると、少し表情が和らぐ。 「この子とお前が知り合ったのはいつだ?」 「一ヶ月前くらいです。バイトしたいって店に来て……」 「三百年ぶりだそうだ。接触があるのは」  シオリに向かって振り向いた百目は読めない表情だ。先日ゴロウから話を聞いた後、自分のうちにある光苑寺界隈の古い記録を調べたのだと、淡々と教えてくれた。 「シオリより以前、ワシらの一族に痣が出たのは祖父の代だ。その時は死ぬまで同じ痣を持つものとは会わなかったと聞いている」 「記録でもそうだった」 「で、どうなっちゃうの? リョータは大丈夫なのか?」 「こういう状態になっているということは、この子は憑代(よりしろ)だ。このままだと死ぬ」 「嘘だろっ!! 憑代ってなに? どうにかできないんですか?」  百目は「何も教えていないのか?」とゴロウに呆れてみせ、それからじっとシオリをみつめた。深い瞳の色からはなんにも感情が読み取れなくて、気ばかりが焦る。 「どうにかできるのは、オマエだけだ。俺が知っているのはここまでだ、あとはゴロウに聞け」  それだけ言い放つと、百目はさっさと帰ってしまった。 「じいちゃん! リョータが死んじゃう。俺はどうすればいいんだ」  こんなに尋常じゃない様子のリョータが横たわっているのに、あっさりと帰ってしまった百目もそうだが、ゴロウからも危機感が感じられない。 「シオリ、どうしても聞きたいか?」 「当たり前だろっ!!」 「わかった……それなら、落ち着いて聞けよ」 「ええーっ!! 嘘だろ?」」  ゴロウの説明を聞いていたシオリの顔から、みるみる血の気が引く。 「他に……方法はないのか?」 「ないな。このリョータくんを助けたかったらやるしかない。じゃ、ワシも帰るか」 「嘘だろ、じいちゃん……帰るのかよ?」 「じゃあ見物していてやろうか」 「いや…………やっぱ帰ってくれ」  それを行うと、リョータはあっさり目を覚ました。あれだけ苦しそうにしていたことが信じられないほど元気そうで、きょとんとしている。 「あれ? ここどこですか?」  すっかり日が暮れて暗くなった窓の外を見て、リョータが不思議そうな顔をしていた。当然だ。本来ならバイト中で、ピークを前に忙しく準備をしているところだったのだから。 「店の上だよ。そんでもって俺の部屋。大丈夫か? リョータ」 「大丈夫……ですけど。俺、どうしたんですか?」 「お前はまかないを食っている途中に倒れたんだ。どうだ?……具合は悪くないか?」 「あ、はい……むしろすっきりしてるくらい」 「…………そりゃ、すっきりもするだろうな」 「えっ?」 「いや、こっちの話……」 「なんで倒れたりしたんだろう?」 「疲れが溜まってたんじゃないか? 今日はバイト休めよ」 「嫌です、今は元気だし。中断しちゃったのは申し訳ないですけど、本当に大丈夫ですから」  金が入らない方が困るから、と言われてしまうとシオリもそれ以上強く言えない。結局リョータの様子を見ながら、その日、二時間遅れで営業を始めた。二十二時になった瞬間にリョータを勢いよく追い出すと決めて。 「グラタンまで、ありがとうございました。お先に失礼します」 「おう、冷蔵庫に入れて、起きたらチンするんだぞ」  営業の合間に作って置いた明日の朝食を渡し、手を振る。 「あ、ちょっと待て」 「わっ、何するんですか?」 「やるよ……今夜は冷えるからな」  使い古したグレーのスヌードをリョータの首に二重に巻いてやる。「こんなボロいの……」と悪態をつきながらも、編み目を何度も撫でながらリョータは帰って行った。

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