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第9話

「リョータ、あいつと知り合いなのか?」 「あ、知り合いというか……ここに来る途中古着屋さんの前を通るんで。何回か話しかけられましたけど」 「変なこと言われてねーよな」  シオリだって程よく遊んでいるので、自分が褒められた男性遍歴じゃないことくらい重々承知しているけれど、この由悟はさらに上をゆく。  男女問わずの雑食で、同時進行も珍しくないから、今まで刃傷沙汰にならなかったのが不思議なくらいだ。そんな男がリョータに接触しているなんて、気が気じゃない。 「あの人面白いですよね」 「あん? なんだって」 「なんかいっつも呼び止められるんですよ、アイス食ってけって。かわいい子にしかあげないんだよって……」  いよいよ我慢がならなくなり、シオリは店のドアを開けた。 「おい由悟! てめえの節操なしは勝手だが、うちの大事なバイトにちょっかいだすんじゃねーよ。犯罪だからな」 「ガミガミうるさいなあ……勤務時間外に話をしたって構わないでしょ? ねっ、リョータ」 「てっめ……馴れ馴れしく呼び捨てなんて」 「別にオマエのもんじゃないでしょ。リョータは」  薄ら笑いを浮かべているが、目はまったく笑っていない。このハリボテ笑顔が昔から嫌いだが、由悟を見てキャーキャー騒ぐ女どもは、このねつ造に気付かないのだろうか。 「シオリの方こそ、労働しに来ているだけの子を自分の所有物みたいな言い方して。ひどい雇い主だね」  そして口ではいつも勝てない。悔しいが由悟の方が三枚くらい上手だ。 「バイトなら、うちですればいいのに。ここじゃ油ギットギトにならない?」 「や……でも、まかないも出るし……」  そこかよ……とシオリは内心がっかりした。リョータは自分がどうしてもここで働きたいと希望して、今のバイトをしていると宣言してくれるものだと思っていたから。 「うちでバイトしたら、まかないはもっといい店で、美味しいもの好きなだけ食べさせてあげるよ」  なにが目的か知らないが、高校生の旺盛な食欲を前に、魅力的過ぎる誘いだ。調子に乗った由悟は、瞠目するリョータに向かって時給も君津より百円アップするとたたみかける。 「お誘い、ありがとうございます」  リョータはいつのまにか大事な即戦力になっていた。今抜けられたら本当に痛い。だが時給を上げられる程余裕はない。いよいよ勝ち目がなくなってがっくりとうなだれた。 「でも俺、ここの……シオリさんの定食が好きなんです。だから古着屋さんにはいけません」  控えめながらきっぱりと辞退するリョータを前に、胸がいっぱいになる。  それから、なるほどと合点がいった。  この節操なしは、自分になびかない高校生が面白いのだ、きっと。  ロックオンした相手は皆、由悟の持つ「沼底から湧き出るような色気」から逃れられないというのが自慢だ。だがリョータにはそれがまるできかないから、意地になっているのだろう。 「かわいいこと言うじゃねーか、リョータ」 「べっ……別にシオリさんがいいわけじゃなくて、作ってくれる料理のことですから!」  シオリとリョータのいつものやりとりを、由悟は特段面白くもなさそうに聞いていた。 「なんだよ、まだなんかあんのか?」 「……別に。オマエって、ほんとなんにもわかってないんだな」  どこか小馬鹿にしたような由悟の言葉が引っかかった。だが問い詰めても薄ら笑いを浮かべるだけだ。 「同情するわ、こんなんじゃ。リョータも苦労するね。以前とはまるで逆だから」 「逆? 俺の店でわかんねー話をするな」 「じゃあね、リョータ。店でアポイントがあるからそろそろ帰るわ。またね」 「さようなら」  シオリには終始知らんぷりで由悟は出て行ってしまった。こうなると去ってゆく由悟にペコリと会釈をするリョータまでもが気に入らなくて、シオリは「塩撒いとけ!」と怒鳴った。  なにも知らないって、自分以外の奴らはなにか知ってるのか?  結論に行き着かない、曖昧なワードだけ出されても、もやもやが大きくなっていらつきが募るばかりだ。

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