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第12話

 わけもわからないのに言われたい放題で、さすがに頭にきて殴りかかったが軽く躱される。このように大抵はシオリが熱くなるが、身のこなしが軽い由悟とやり合うところまでいったことがない。 「その様子じゃ、百目さんや、元丸さんのとこの文献も見てないんだろう」  由悟の言うとおりだった。読みにいってはみたのだが、筆文字がまったく読めず早々にあきらめた経緯がある。 「ま、読んだとしてもオマエのその足りない頭じゃ、理解できないかもね。だけど西遊記くらいしっているだろう?」 「あれだろ? 中国の……孫悟空が出てくる物語!」 「じゃあ金角銀角は?」 「たしか妖怪の兄弟だよな。退屈しのぎに仙人みたいなのから宝を盗んで、地上に降りて? たしかひょうたんに孫悟空を閉じ込めようとして失敗するんじゃなかったっけ?」 「そうそう、オマエにしては上出来」 「ちょっとまて…………ひょうたんか。俺やリョータに関係してるのか? その物語が」 「金角銀角は、妖怪じゃない」  由悟は「もともとは神様に仕える童子だったんだ」と続けた。  金角銀角兄弟は、太上老君という天界の神様のもとで、不老不死の薬を作る炉の番をしていた。金角は金の炉、銀角は銀の炉を。だが毎日が退屈だったふたりは、ある日、太上老君の五つの宝を盗んで下界に降りた――――。 「あれにはフィクションも入ってるけど、一部は本当にあったことだ。むしろ本当のことを隠すためにいろんなエピソードを盛っていくうち、あんな長編になったわけ」 「俺たちが金角銀角ってこと?」 「そう。オマエが銀角でリョータは金角だ」 「はあ? 信じらんねえ。それと霊を消し去るのとなんか関係があるのか?」 「オレに聞く? それ。ま、いっか。記憶もないみたいだし、オマエの脳みそじゃ、いくら考えたってわかりっこないだろうからな」 「……ムカつくけど、わかんねーほうがもやもやするから、この通りだ。教えてくれ」  わからないことが多すぎる。そもそも渦中にいるのは自分なのに、由悟が自分の事情にこれほどまでに詳しいのか。だがこのままわけがわからないのは嫌だった。珍獣を眺めているような由悟の視線は気になるが、素直に頭を下げだ。 「物語で金角銀角がどうなったか、知ってるか?」 「子どもの頃絵本だ読んだくらいだぞ…………あんま自信ないけど、三蔵法師を狙ったが、逆に孫悟空に騙されて、自分たちの持ってたひょうたんに閉じ込められて……違った? たしか母親も殺されるんだよな」 「まあ、物語としてはだいたい合ってるな。本当は狐の母親を殺したのはオレじゃないけど」 「オレ? えっ、オレじゃないって……」  とても嫌な予感がする。意識してみれば飄々としてずる賢いところも、要領がよくて人たらしなところも、物語に出てくる『あれ』に当てはまらないこともない。 「なあ…………お前って、そうなの? まさかね」  シオリを一瞥した由悟はなにも答えなかったが、その瞳は肯定しているように感じる。 「オレだけじゃない。今はこの界隈にいろんなヤツが集まってるよ。ま、オマエの場合は自覚がなさ過ぎたせいか、さすがのオレも最近まで気付かなかったわ」 「なっ……」 「そうとわかれば、呆れるほど単細胞で馬鹿な銀角くんは、全然変わってねーけどな」  思わず殴りかかろうとするが、またも躱された。ひらりとした身のこなし。目を眇めたら、その額に有名なあの輪っかが見えそうだ。  そしてもうひとつ不思議なことがある。由悟はリョータに関しては驚くほど誠実に接しているが、それもリョータが金角であることや、信じられないが由悟が孫悟空であったことと関係するのだろうか。それを由悟に問うと、ストレートに嫌な顔をされた。 「オマエは本当に目障りだ。それだけはいつの時代も変わらない。だから嫌いなんだよ」 「俺を嫌いなのはわかったけどよ、リョータはどうなんだよ。あいつはまだ高校生だぞ。遊ぶんなら別のところでみつけろ」  しばしにらみ合いが続く。  話の決着はつかないが、そろそろリョータが目を覚ましてしまうかもしれない。シオリは由悟に「また来るから」と捨て台詞を吐いて古着屋を出て行った。  部屋に戻るとリョータはまだ眠っていた。すうすうと気持ちよさそうな寝息が聞こえてほっとする。結局その日は閉店するまでリョータが目を覚ますことはなかった。

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