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第13話
「…………すみませんでした」
土下座せんばかりの様子で頭を下げるリョータ。バイトを飛ばして眠ってしまった自分のことが心底信じられないようで、先程から「気にするな」と何度伝えてもしおしおとうなだれたままだ。
「なんで俺はよく倒れるんでしょう。なんか病気なのかな?」
「まあ、心配ないと思うぞ。気になるなら病院に行けばいいと思うけど」
どうせ病院に行ったって原因なんてわかりっこない。それでもリョータの気休めになるなら一度医者に診てもらうのもありかも、なんて思っているとリョータの顔が暗い。
「どうした?」
「…………病院は、行きたくない」
「なんだよお前、病院怖いの?」
渋るリョータを目の前にして、その時はよっぽど医者が苦手なのだと軽く考えていた。
「別に注射とかされねーと思うぞ」
「……注射が怖いわけじゃないし」
もともと病気なわけではないので、嫌がるリョータを無理に連れてゆく理由もない。だがその日はリョータの様子が少しおかしかった。何かに怯えているようで布団から出られないらしい。
「泊まっていくか? なんなら抱っこして一緒に寝てやるぞ」
いつもみたいにものすごい剣幕で怒るだろうと思いわざとからかってみたが、リョータの反撃はなかった。
「夢、観ちゃって。内容は覚えてないんだけど、すごくすごく怖かった」
急に心配になりリョータの額に手を当てたが、熱はなかった。呼吸も苦しそうではないし、顔色も悪くない。それなら、先程取り憑いていた男の残像とか概念が、リョータを怖がらせているのかもしれないと推測した。
「今日はここに泊まってけ」
リョータが目を瞬かせてシオリを見上げている。本当にいいのだろうかと躊躇しているみたいだ。
「ちゃんと親御さんに連絡入れろ。バイト先って伝えるのがまずいなら、友達んちとか適当に理由つけて」
「はい……でも俺のことなんて気にしてない。どうせ帰ってこないから大丈夫です」
「それでも一応連絡だけは入れておけ」
渋々頷いたリョータの頭をワシワシと撫でた。
親が帰ってこないというリョータの言葉を、その時はそれほど重要なことだとシオリは考えていなかった。
「そうか。じゃそうと決まったら銭湯いくぞ」
「えっ……?」
「風呂釜が壊れてんだよ。シャワーは使えるけど、今日は雨に濡れて身体も冷えてるだろうから湯船につかった方がいい」
早く、とシオリが急かすが、リョータは急にうつむいてしまった。
「なんだよ着替えなら貸してやるよ。おチビちゃんにはおっきいかもしんねーけど、大は小を兼ねるだろ?」
「……ちがう」
じゃあなんだ? としばし考えたが、肝心なことを忘れていた。
リョータが本当にシオリを意識しているなら、そういう自分と一緒に風呂へ入るのは抵抗があるのかもしれない。だったら、脱衣所で待っているから別々に入ろうと提案すると再び「そうじゃなくて!」と焦れたように否定された。うつむく頭をみつめていると、耳が真っ赤になっている。
「俺と風呂入るのが嫌なわけじゃないんだな?」
リョータは首がもげそうなほど左右に頭を振った。
「誰かと一緒に風呂入るなんてしたことないから……銭湯も初めてだし……」
「なんだそんなことか。全部教えてやるから大丈夫だ。広い風呂は気持ちいいぞ」
「でも……おわっ、なにこれ?」
それでもまだ及び腰のリョータに構わず、ふたり分の準備をする。タオルや石けん、シャンプーの入った小さなかごに着替えを乗せてリョータに持たせた。
「銭湯には風呂桶と椅子くらいしかないからな。必要なものは持参するんだよ」
「へえ……結構人がいるんですね」
本当に銭湯は初めてのようだ。この近辺は東京でもわりと銭湯が残っている。風呂なしアパートもいまだにあるから、遅い時間は学生や売れないお笑い芸人なんかの若い男も多い。
「わあ……本当に富士山の絵があるんだ」
「お、それくらいは知ってるのか」
テレビで観たことがあるから、と小さな声でリョータが答えた。声が響くのを気にしているらしい。中には下手くそな演歌をエコーきかせまくりで歌うジジイだっているのに、奥ゆかしいことだ。
湯船につかる前に身体を洗うこと、湯船の中で湯の温度が熱い場所とぬるい場所があること。それらのちょっとしたコツに真剣な顔で頷きながら、リョータの目線はキョロキョロと周りを見回していたが、シオリの前で止まった。
「なんだよリョータあ、俺のイイ身体に見惚れてるのか?」
「ばっ……んなわけねーだろ。おわっ……なにする」
「洗ってやるよ、遠慮すんな」
タオルを手に背中を向けさせると、リョータは黙りこくってしまった。
シオリに比べたら、まだ小さくて細い背中を丁寧に洗ってやる。触れた身体はびくりとこわばって緊張しているようだ。それでも暴れるわけではないので構わず続けた。
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