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第16話
日没前だというのにカーテンを引いた部屋は薄暗かった。畳敷きの中央に敷かれた布団にはリョータが横たわっている。時折気味の悪い声で悪態をついたり、嘆いたりしているが、その瞳は閉じたままだ。
「ううっ…………苦しい……くるしい、死にたい」
「……もう死んでんだろ? 呆れるわ。てめぇ、リョータのこと弱らせたらもう一度ぶっ殺すかんな」
仰向けにしたリョータは、制服のワイシャツとスラックスにエプロンをあてている。
ボタンを外して首元を緩め、ベルトにも手をかけた。だがそれは応急処置ではない。そのままエプロンをめくりあげ、ジッパーを下げて前をくつろげた。地味なグレーのボクサーパンツを太ももまで脱がす。
シオリは躊躇なくリョータのものを口に含んだ。いやいやをするように捩られる上半身を→手で押さえ、左手は芯を持たすために扱き続けている。
「たっ……痛ってえな……」
自分で消えてなくなりたいと願ったくせに、往生際が悪い霊は珍しくない。
いよいよというときに、信じられない反撃を受けることもあるから油断はしていないが、噛みつかれたのは初めてだった。
口を開けても噛むことができないよう、掌でリョータの口元を覆った。まるで加減をされずに噛まれた腕から滲む血がリョータの顔を赤く汚すが、構わず押さえつけた。
意識はなくともやがてその中心は芯を持ってくる。シオリは刺激を与える手を休めずに、舌を絡め、吸い上げながら上下させた。手と口を存分に使用して、今まで培ったテクニックをすべてさらけ出して、リョータが放ったものを飲み込むまで。
すべては早くそれ、『消し去り』を完了させるため。
一連の作業の間、リョータが目を覚ましたことはないが、自分のされていることを知ったら傷つけてしまうだろう。だから極力時間をかけずに行うことに神経を注ぐ。
「俺なんか悪い病気でもあるのかな?」
目を覚ましたリョータは、またもやそこがシオリの部屋だったことに首をかしげている。こう頻繁にことが起きてしまうので、さすがにシオリも言い訳に限界を感じている。
普通だったらとっくに病院に行って、検査のひとつやふたつ受けている事態だ。それをリョータが病院に行きたがらない子だというところにかまけて、うやむやにしている。
「シオリさん、なんか知っていますか?」
本当のことを打ち明けてしまおうか。そうしたらリョータだって目覚めるたびに首をかしげることもなくなる。
「また怖くて変な夢を観ました」
「どんな?」
「夢の中には自分がいました。なにかから必死に逃げてるんです。俺とシオリさんが。結局いつも捕まって、ふたりとも殺される」
だがシオリと違ってリョータはきっと、自分に降りかかるであろう宿命の話などされていないに決まっている。まだ高校生の彼がそんな話を聞かされたところで、受け入れられずに困惑するばかりではないだろうか。
「それに兄弟なんですよ俺たち。俺がアニキでシオリさんは弟なんです。逆ならまだわかるけど、おかしいですよね」
「夢の内容はそれだけか?」
「えっ……あ、はい」
嘘だと確信した。きっとそれだけではない兄弟の事情も知っているはずだ。それでもごまかしているつもりなのか、リョータは顔を真っ赤にしてうつむいている。やはりリョータの方が、不規則ではあるが前世の記憶も持っているようだ。
思えば出会った時からリョータの様子はおかしかった。初対面であるはずのシオリに会って涙を流したし、バイトをさせてくれと食い下がったこともそうだ。
「いや、本当は違います。でもそれは俺の願望があるからいけないんだと思う」
「願望……って」
「俺、シオリさんのことが好きです。多分……随分前から好きでした」
唐突に、だがどこか覚悟を決めたような言葉にたじろぐ。リョータの気持ちを受け入れる覚悟もできていないくせに、自分から誘導するようなマネをしたことを悔やんでももう遅い。
「だから俺は、シオリさんがなにを隠してるのか知りたい」
「……それはできない」
知ってしまったら、リョータは深く傷つくだろう。自分に降りかかる身の上も、問題を解消するためになにをされているのかも。
シオリの場合は「好き」というのとは違うと思うが、たとえずるいと思われても、かわいく思っているリョータに嫌われたくなかった。
「俺が好きだって言ったから?」
「そのこととは別だ。まあ、お前の気持ちに応えることはできないけどな」
「もうすぐ十八になるよ、俺」
シオリは頭を抱えた。自分だって整理し切れてない事柄を、どうやってこの若いリョータに伝えればいいのかわからない。
「そういうことじゃねーんだ」
前世の記憶がシオリより明瞭な分、その気持ちに引きずられているだけだと思う。そもそもリョータはゲイに見えない。
「お前くらいの歳だと、いろんな気持ちと恋情を勘違いしやすいんだろう」
「俺の気持ちを勝手に決めるなっ!」
話は平行線のまま決裂し、店の営業時間になった。消し去りをして遅れてしまった分の仕込みをしながら営業を開始する。
こんなときでも状況を見ながらサポートしてくれるリョータの存在はありがたかった。ただし必要以外の会話は一切なかったが。
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