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第18話
「由悟さんの予想通りだったな。悔しいけど」
なぜまたここで由悟の名前が出てくるのかもやもやしたが、リョータの気持ちに応えられない以上、とやかくいえる立場ではない。
「…………だ」
「えっ?」
「こんな運命はクソだっ!」
そう吐き捨て、逃げるようにシオリのもとを去ったリョータは、それ以来バイトで視線を合わせなくなった。
会話も仕事上必要なこと以外はまるで話さない。初めはいつものようにふてくされているのだろうと思い、幾度かからかったりしてみたが、シオリの挑発に乗ることもなく淡々としたものだった。
由悟はあからさまになり、バイト終わりの時間に合わせて店の前でリョータを待つようになった。リョータも「お先に失礼します」と挨拶をしたあとは決してシオリを振り返らない。そして、店の外で待つ由悟に向かってはにかんだように控えめな笑顔を向けた後、連れ立って帰ってゆく日が続いた。
気まずい雰囲気のまま、時間だけはあっという間に過ぎてゆく。凍えるような季節になってもギクシャクした関係は変わらないが、バイトだけは献身的に続けてくれるリョータのおかげで、君津の売り上げは緩いながらも右肩上がりを続けている。
女性向けのメニューを一品ずつ日替わりで提供するようになると、ひとり暮らしの女性の利用が増えた。
ボリュームある定食はたまに食べるのはいいが、カロリーや野菜不足が気になってしまうようだ。だが比較的軽めのグラタンや野菜中心のポトフ、揚げないオープンコロッケ。すごく疲れてうちに帰って何も作りたくない、だけど温かくてやさしいものが食べたい時、それほど罪悪感なく食べられると、恥ずかしそうに教えてくれた女性がいた。
ヘルシーな日替わりの注文が入るたび、アイデアを出してくれたリョータに感謝の気持ちが募るが、もうたとえ冗談でも「リョータ先生のおかげだな」などと軽口を叩くこともできなってしまったこと。自分が招いたこととはいえ、それだけは少し寂しくなってしまうのは仕方がない。
不思議なもので、このところ消し去りが必要な霊がリョータに取り憑くこともめっきりなくなった。それは平和でよいことだが、それだけにリョータとの距離がますます広がっていった。
そんなリョータがある日バイトに来なかった。今まで休んだことなどなかったし、学校などの致し方ない理由でも、それが少しの遅れであっても連絡を入れてくる真面目さはあった。
最近は遅刻すらなかったから、そんな連絡もしばらく受けたことがなくて、ただ連絡を入れるのは気まずいからだろうと思っていた、一日目は。二日目になるとさすがに心配になり、開店前に電話を入れようと思った時、由悟がやってきた。
「リョータは? 来てないのか?」
「あ、うん。今から電話入れようと思って」
「なんでお前そんな暢気なの?」
リョータに対する心配とシオリへの怒りが入り交じっているのか、じっとりとした視線に睨み付けられ、らしくもなく怯んでしまう。だが由悟にそこまで言われる筋合いはないと、さすがにむっとしたシオリが言い返そうとすると「電話に出ないんだ」と不安げな声が続いた。
「……もういいや、アパートに様子を見に行ってくるから」
「俺も行く!」
反射的に立ち上がった。あっけにとられたような由悟の顔で、自分の放った言葉を理解する。
たかがバイトが無断欠勤しただけ。それでうちまで様子を見に行く雇い主がいるだろうか。だが止められなかった。由悟に歓迎されていないのは伝わってきたが、なにも言われないのをいいことに、後をついていった。
近道なのか、狭い路地を半ば走るようにして約十分ほど。路地を抜けた先に建っている二階建て木造アパートの前で、由悟の足が止まった。
「ここに住んでいるのか?」
「オマエ…………そんなことも知らなかったの?」
由悟があきれ顔で振り返った。履歴書の住所でおおよその場所は見当がついていたが、実際に訪れたのは初めてだ。
古びたアパートだが、この界隈ではこれといって珍しい光景ではない。駅から少し離れたこの辺りには今でも同じような建物がいくつもある。所々腐食して、今にも崩れ落ちそうな錆びた鉄製の階段を上がった一番奥がリョータの住まいだった。
コンコンとノックしてみるが反応はない。もう一度、今度は強く長めにノックすると扉の奥からゴソリと物音がした。だがやはり扉が開く気配はない。
由悟がドアノブをガチャガチャと回し、それでも開かないことを確かめると、突然ドアノブを蹴りつけた。
「おいっ! なにしてるんだよ」
「後で直せばいい。緊急事態かもしんねえだろ」
慌てるシオリに構わず由悟は二度三度と蹴りを入れると、ドアノブがぼろっとと曲がり、反動で開いた。
「リョータ!」
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