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第20話

「なんだこれ?」 「休んで迷惑かけちゃったから……すみませんでした」  目の前に差し出されたのは、パン屋で限定生産をしている『阿波踊りサブレ』だ。小さな頃シオリはこれが好きでゴロウによく買ってもらったが、通常より値段の安い、割れや欠けのある久助しか食べたことがなかった。 「すげー、缶入りでも売ってるんだな……って、お前……子どもが変な気を使うなよ」  だいたい高校生にとって安い買い物ではないだろう。バイトを休んで賃金をもらい損ねたうえ、菓子折を買うのでは出費がかさむばかりだ。  ちょうど給料を払うタイミングだったこともあって、シオリはバイト代に菓子折の金額を上乗せして手渡した。 「……もらえません、その分はお返しします」 「ガキがかっこつけてんじゃねーよ。引っ込めとけ」  だがリョータは頑なに受け取ろうとしなかった。あの時からずっとよそよそしくて、目も合わせなければ、軽口もスルーされプンプン怒ることもなくなった。リョータにいらぬ苦しみを味わって欲しくないからああするしかなかったのに、なんでこんな思いをしなければならないのか。 「かわいげがねーな……」  余裕のなさは底なしで、心底格好悪い。無意識とはいえ高校生相手に棘のある言葉をぶつけてしまった。はっとした顔のリョータと目が合ってヤバイと狼狽えたがもう遅い。 「わりぃ……素直にもらっとくべきだったな」 「別にいいです。買ってもらったもので、俺はお金払ってないから」 「へ……? 親御さんか」  無断欠勤の詫びに菓子折を持たせるような親なら、リョータはなぜあんな殺風景な部屋で生きているんだ? あそこには、女性が生活しているような空気はまったく感じられなかった。 「俺の部屋みたでしょ? たまーに最低限のお金だけ置かれてるだけで、あの人の顔なんて、いつ見たか忘れちゃったよ」  それなら誰がリョータに買ってやったというのか。日頃からリョータを素かわいいと褒めているゴロウにでも偶然会ったとか? だがゴロウならシオリにそんな気遣いは無用だと止めるはずだ。 「由悟さんが……俺が買おうかどうしようか財布見て迷ってたら、買ってくれてた……」  パン屋の商品棚とにらめっこしていたリョータに声をかけ、いつものようにアイスを渡して去っていった由悟。結局菓子折を買うほどの余裕がない現実を受け入れ、だが何も買わずに出るのも忍びなくてカレーパンをレジに持っていったら、店員から一番高い缶入りタイプの支払いが済んでいると言われたらしい。 「……らしくねえな」 「えっ?」 「お前じゃない、由悟だよ」  飄々としていてもやることは直球だったはずだ。自信家であり、言い方を変えれば人の都合などお構いなしだった由悟とは思えない。リョータをそこまで大切にする理由はなんなのだろう。 「まさかな……」  シオリとリョータが結ばれることは凶縁だ。だからの気持ちには応えられない。  だが由悟なら――。  家族の愛情も期待できないリョータを支えてやれるのではないか。あんな奴だが、リョータに対してだけは壊れ物を扱うように慈しんでいるのだから。  自分は何もしてやれない。まだ高校も卒業していないリョータを孤独から救い、愛してくれるなら、すべてが丸く収まるはずだ。  それならばこのすっきりしない気分はどうしたのだろう。リョータの幸せを願っている心に偽りはないのに、ふたりが連れ立って歩くところを想像するだけでも、ぞわりと黒いものがこみ上げる。そんな邪な心がよくないものを引き寄せたのだろう。  リョータの意識がなくなった。由悟に対して愉快ではない気持ちを抱いていることを悟られたくなかったから、いつになくほっとしてしまった。  手早く下を脱がして取り憑いたものを搾り取る。後はそれをシオリがいつものように消し去れば終わりだ。だがリョータの放ったものを飲み込んだ時、いつもと違うことに気付いた。嚥下する先から貼り付くように喉が締まる。 息ができなくなり意識が朦朧とした。  リョータの指先がぴくりと動いた。藻掻けば藻掻くほど苦しくなってきていたが、こんなところを見せられないという思いだけでなんとか身体を動かす。目覚めたリョータが傷つかないように。下着をずり上げ、制服を整えようとファスナーを閉めた。カチャリとベルトがはまった音を聞いたところで、シオリは意識を失った。

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