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第21話
それからは映画を観ているようだった。自分の姿を少し上から観察しているみたいな。幽体離脱というのはこんな状態なのではないか。
目を覚ましたリョータは、傍らで自分に覆い被さるようにして倒れていたシオリを見ておろおろしている。シオリはといえばリョータのシャツに乱れが見えて血の気が引いた。リョータの服を整えてやりたかったが、下半身をしまったところで力尽きてしまったのは迂闊だった。
シオリが揺すってもびくともしないからか、リョータは仕舞いにはぽろぽろと涙を流し始めたので、シオリの方が狼狽えてしまう。だがおかげでシャツに乱れが残ってしまったのには気付かないようで、シオリは肉体がここには無いのにほっと胸をなで下ろした。
安心したのも束の間、また違う心配が浮かんできた。自身の病院受診には二の足を踏むリョータだが、緊急事態だからと救急車を呼ばれてしまったらやっかいなことになる。まるで人ごとのように見下ろしているが、実際に倒れているシオリの顔は苦しげで、時折唸り声まで上げている。その様子が尋常じゃないのは上から眺めているシオリにだってわかる。
『助けを呼ばれるとまずいな……』
リョータがシオリのエプロンからはみ出したスマホに手を伸ばし、画面とにらめっこしている。
わかるよ。119番通報って実際かけなきゃいけなくなったら、一瞬怯むよな。他の人の時は迷わず通報して欲しいけれど今はその時間を少しでも延ばして欲しい。だがリョータの指が画面に伸び、いよいよダメかと魂の方のシオリが目を瞑った、その時だった。
「ゴロウさんっ!! シオリさんが」
ゴロウは喫茶店をたたんだ隠居後もまれに店へ顔を出してくれるが、現在はシオリの自宅にしている二階までやってきたことはなかった。虫の知らせとしか思えない。
「なんだか普通じゃない物音がしたから……リョータくんは大丈夫か?」
目の前に倒れている孫がいるのに自分の心配をされ、リョータは困惑気味のようだったが、すぐに状況の説明を始めた。とはいってもリョータが目を覚ましてからのことだけだが。
「俺、倒れるとシオリさんにここへ運んでもらっているんです。目を覚ますといつもシオリさんがそばにいてくれて「大丈夫か?」ってニコニコしてくれるのにっ……だから今、救急車を呼ばないとと思って」
「シオリは救急車を呼んでもきっとダメだろうな」
「ええっ!!」
驚愕したリョータの顔が真っ青になる。「救急車を呼んでも助からない=死ぬ」と考えたからだろう。
『あのクソじじい……』
ゴロウが肩にやさしく手を置き、ぽんぽんと叩くと、リョータの瞳いっぱいに溜まっていた涙がぼろぼろと落ちた。
「ああっ! ごめんね。そうじゃなくて……言葉が足りなかったな。呼んでも無理だというのは、病気じゃないから」
「…………え? ああ」
「そうか、リョータくんは事情がわかるんだったな」
「多少ですが」
突拍子もない内容だが、リョータは年齢の割に大人びていることもあり飲み込みは悪くないのだろう。話は淡々と進んでゆく。
リョータに取り憑いた霊をどうやって消し去るのか――。今までシオリがリョータにしていたこと。その方法以外は伝えられた。方法は一番驚く内容だし、高校生のリョータにしていることは普通の感覚では犯罪と言われても仕方の無い程のことだ。だがここを伏せたって随分とショッキングだと思う。
それでもリョータは真剣な面持ちでゴロウの話に聞き入っていた。
「じゃあ、前世の縁があったから俺とシオリさんは出会ったんですね」
「……そうだね。リョータくんは話を聞いてもあまり驚かないんだな」
伏せがちだった視線が上を向いた。リョータの瞳には先程までの涙はもうなく、どこか心を決めた様子でゴロウを見据えた。
「なんとなく夢で観ていた内容と似ているから、かもしれません」
リョータが度々夢を観ていること。致し方ない因縁があるからシオリに執着してしまうだけ。それはリョータ本人の意識ではないのだと早く気付いて欲しかった。
「だけどよかったです」
「ん?」
「シオリさんが何かを隠しているのがずっと気になっていましたけど、それは俺が嫌いだからじゃないってわかったから」
「当たり前じゃないか」
ゴロウは破顔した。なんだか、とても嫌な予感がする。余計なことをリョータに言わないで欲しいのだが。
「あの子は多分……リョータくんのことが一番大切だよ」
『わっ!! な、ジジイっ……』
突然の激白に心臓が止まりそうになる。いや、状況的にもう止まっているのかも知れないが。それにしてもそういうことは人から伝えてもらうことじゃないだろう。
心が肉体から離れて初めてシオリに焦りが浮かんだ。
「とりあえず、今回は今までの流れとは違って消し去りが上手く入っていないのだと思う。霊がお腹に留まっているっているような状況なんだろうね」
「シオリさんはっ…………大丈夫なんでしょうか」
「どうだろう。それは神様しかわからないね」
しんみりしている場合か。このジジイは、学習しない。そんな風に突き放してしまったらまたリョータが泣いてしまうではないか。シオリは自分のことは棚に上げてやきもきした。
「とりあえずワシは友人をあたって、シオリが目を覚ます方法を考えてくるから。リョータくん?」
「はい」
「君が嫌じゃなかったら、シオリのそばについていてくれないかな」
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