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第23話
「無理にいつものとおり消し去りをすると、生き霊の本体に支障がでるかもしれない」
「じゃあどうすれば……」
リョータが悲痛な声を上げる。余裕のみられないゴロウの様子もシオリにとっては珍しくて、不安をかき立てられた。瀧川は持参した和装本を開き、皆に見せた。
「腹に溜まった霊を取り除く薬があるようだ」
皆が覗き込んだ本には筆文字で材料が記されているらしい。しっかりと読めるのは瀧川だけのようだが。読み上げられた生薬のような植物と、ヤモリや牛黄などの植物以外のものもあったが、シオリが聞いても珍奇な原料はなく、漢方薬局で手に入りそうなものだった。
「じゃあ、これを処方すればシオリさんは助かるんですね」
ここにきて初めてほっとした声になったリョータだが、四人のジジイの表情は変わらなかった。
『追い出したらどうなるか…………だよな』
シオリはぶっ倒れたままの自分の意識に集中した。腹の中にはどんなヤツがいるのか――。感じられるのはすさまじいまでの執着と恋情だった。
やっかいな拗らせ系。
それも生き霊まで巻き込めるほどの力も持っているとなると、追い出した後、周りにどんな影響を及ぼすかわからない。そうなると一番危険なのは一度取り憑かれたリョータだろう。再び取り憑いて目的を敢行させるのではないか。
立ち上がったゴロウがきっぱりと言い切った。
「皆さん、いろいろとありがとう。孫のこと、あとはワシが看取るから」
「ゴロウさんっ」
皆に頭を下げるゴロウとシオリは同じ意見だった。もし無理矢理腹の中から霊を引きずり出せば、一番危ないのはリョータだ。
口いっぱいの苦虫をかみつぶしたような百目も、車に轢かれたヒキガエルのように真っ赤な顔で涙を堪えているような元丸も。瀧川だけはその表情から何を考えているか読めないが、大人たちにはそれがわかっているから、ゴロウの決心にも反論しないのだ。
「リョータくんはまだ若いんだ。こんなことに巻き込まれちゃいけない」
「でもっ、それを追い出さないとシオリさんは死んじゃうんでしょ?」
必死に食い下がるリョータは、ジジイたちになだめられてますます涙が止まらなくなったようだ。しゃくり上げながらゴロウにすがりつく。
「俺のことなんてどうでもいい! 母親にすら疎まれてるんだから死んだって誰も悲しまない」
「リョータくん」
「シオリさんはこんなにみんなから心配されてるんだ。だからっ、シオリさんを助けてあげてください!」
「リョータくん、そうじゃないよ」
静かな声の主は瀧川だった。
「シオリくんのことはもちろん大切だ。それはゴロウさんだけでなく、ここにいるみんなも同じ気持ちだよ」
「それなら……」
「だけど我々は、同じようにリョータくんも大切なんだ」
まるで想像していない事態になると人は随分と間抜けな顔になるらしい。今のリョータと、豆鉄砲をくらった鳩だったらいい勝負になっただろう。
「今の君はもしかしたら、見る人から見たらあまり幸福にみえないかもしれない。でも縁あって光苑寺に住んでいるだろう?」
「住んでたらなんだっていうんですか?」
いくらリョータがけんか腰でつかみかかったところで、彼らには赤子がぐずっているくらいのものだろう。
「ここはどんな人も、いや、人ならざるものだって平等なんだよ。ずっと昔からそういう場所なんだ」
それを踏まえて今現在どちらを優先するべきなのか。四人の中でその答えは決まっているのだろう。もちろんシオリにも異論はない。リョータが死ぬくらいだったら、自分が死んだ方がマシだ。
ゴロウ以外のジジイたちが帰ってゆき、リョータも半ば無理矢理君津を追い出された。
「何かあったら必ず連絡するから、とにかく今は帰りなさい」
いつになく真剣なゴロウにぴしりと告げられて、さすがにリョータもそれ以上は食い下がれなかったようだ。がっくりとうなだれて階段を降りていった。
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