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第24話

 それからは「自分が代わりになれればいいのに」というゴロウの気持ちが流れてきて、高齢の祖父に余計な心労を背負わせてしまったことに心が痛む。  ひとしきりシオリの様子を窺っていたゴロウだが、小康状態を保ち変化がないことがわかったのだろう、気持ちを落ち着かせるためか、階下の店舗でコーヒーを淹れて味わうとまた部屋へ戻り、明け方までぼんやりとしていた。  翌朝ゴロウが一旦自分のうちに帰ったのを見計らって、君津に忍び込んできた人影があった。  リョータがこっそりと二階へ上がってきた。手には水筒を持っている。 「シオリさん……もう大丈夫だからね」  水筒をひねりシオリの口元へ近づけた。中身は濁った茶色い液体。その漢方薬のような匂いでピンときた。  リョータは例の、腹の中から女を追い出す薬を調合したのだろう。隣の駅にはかなり大きな漢方の薬局があるから、その気になれば集められない原料ではなかった。  とはいえ、リョータは無一文になったに違いない。シオリのためにそこまでしてくれるリョータだからこそ、危険な目にあってほしくない。 『だめだっ!』  だが肉体と繋がっていないシオリの抵抗は、当然ながらリョータを止めることができない。意識がないせいか、上手く嚥下できないことだけが救いだった。 『…………嘘だろ? リョータ……リョータっ!!』  液体を口に含んだリョータが唇をシオリの口元に寄せた。苦しそうに食いしばる顎を開いて唇を重ねる。鼻をつままれ、空気と一緒に送り込まれた液体はシオリの意思に反して喉奥に流し込まれた。それを三度繰り返される。 「このくらい飲んでくれれば、大丈夫なのかな」  シオリは声にならない悲愴なため息を漏らした。  リョータがここまでするとは思っていなかった。されてしまったことは元に戻すことができない。それならばすぐに命を吹き返してリョータを助けないと。  突如激しい嘔吐感がこみ上げた。今までのようにふわふわとした心許ない感覚ではない。自らの肉体で感じるものだった。 「おええぇ…………」 「シオリさんっ!」  窒息しないようリョータがシオリの身体を横向きにした。顔の下にバスタオルを敷き、背中をさする。 「うげ……おえっ……げぇ…………」  口から出たのは飲み込んだ液体ではなく黒い霧のようなもの。口を離れるとたちまち上へと登ってゆき、黒い人型の影になった。 「幽霊さん、お願いしますっ!」  シオリを守るように覆い被さったリョータが、靄を纏いながら輪郭を表した黒い影を見上げる。 「この人に手を出さないで。俺のことなら殺してくれていいからっ」  影の主は少し昔の……明治や大正辺りの若い娘に見えた。着物の雰囲気から裕福そうな印象を受ける。リョータを見下ろすその不思議そうな表情まで見て取れるくらい姿がはっきりとしてきた。 「殺す? 私が、ここに転がっている男をですか?」 「そう……じゃないの?」  娘は突然けたたましい笑い声を上げた。生前はきっとかわいらしかっただろうに、いまや禍々しさしか感じない姿でリョータを見下ろす。 「この男に用はございません。私は、恨めしいあの人に復讐したいだけ……開放してくれて感謝しています」  あっという間に娘は部屋を出て行ってしまった。遺されたのは放心状態のリョータと目を覚ましたシオリ。 「シオリさんっ! 大丈夫?」 「う、うん……なんだかすっきりしてる」 「よかったっ……うっ……ひぐっ……」 「わっ、ちょ、おまえ……俺病み上がり……」  情けないことに泣きながら飛びついてきたリョータを支えることができず、やっと起き上がったシオリは再び布団に倒れた。  わんわん泣きながらしがみついてくるリョータを離すこともできなくて、シオリはリョータの背中を撫で続ける。

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