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第25話

「落ち着いたか?」 「あ、はい……すみません」  まだ少ししゃくり上げているものの、さすがに涙が収まったリョータはシオリの上に乗ったままだということに、やっと気付いたようだ。 「うわっ……すみません」  慌てて離れようとする腰を掴み、ぐっと引き寄せた。さらに密着するリョータの身体が温かくて、シオリは魂が己の肉体に戻ったことを実感する。  胸の奥からこみ上げてくる気持ちは、この世に生を受けてから三十年近く経っても、味わったことのないものでここまできても尚困惑している。  だが、今と同じシチュエーションになったとして、リョータの相手がシオリでなく由悟だったら――。考えただけで腸が煮えくり返りそうになる。  もう認めるしかないのかもしれない。リョータのうなじを引き寄せ、口づけた。 「なっ……シオリさん……」 「なんでお前はここでびびるんだ?」 「だっ…………て、こんなことしたの、初めてだし…………」  ということは薬を飲ませた時のはノーカウントということか。そのことを聞いてみると今さらながらに思い出したようで、ほんのりと赤らめた顔がゆでだこのように真っ赤になった。 「あれはっ、……夢中だったから! てかなんで知って……」 「みてたから。全部」 「えっ? 全部?」 「うん、全部」  ことの次第を幽体離脱した意識でずっと追っていたことを伝えると、リョータは悶絶した。  気持ちはわかる。シオリの意識がないと思っていたから、あれほど素直に心配してくれたのだろうから。  足をばたつかせるリョータを抱きしめた。ビクッと一瞬跳ねて、こわばってしまった身体をほぐすようにさする。  現金なもので、この唇は俺しか知らないのだと思ったら、途端に誇らしくなる。シオリはリョータの唇だけでなく、頬やまぶた、こめかみにもキスを落とした。 「ちょ……あ、…………シオリさん」 「ん?」 「シオリさんっ!!」 「なんだよ」  口づける間、力なくシオリの胸を叩いていた力はやがて殴打に変わる。リョータが恥ずかしがるのは想定のうちだが、全力で拒否されるのは予想していなくて地味に傷ついた。 「そんなん俺……死ぬから」 「死ぬって…………死にそうだったのは、俺のほうだろう?」 「頭が追いつかないんだよっ!!」  シオリの身体から降りたリョータが横で正座をし始めたので、シオリも起き上がり同じように正座をして向かい合う。リョータが怒った顔を素直に見せるのは随分と久しぶりで、今までだったら煩わしいとすら感じていたそれをこの上なく愛おしく感じてしまう。 「おい! なんでニヤニヤしてんだよ」 「だってリョータがかわいいから。それからごめんね」 「はあ? なんで謝ってるの」  いつまで経っても心を決められない、大人げない自分のせいでリョータを随分傷つけた。 「そうだよな…………回りくどいこと言ってごめん」 「だからなんだっ…………」 「お前が好きだよ、リョータ」 「シオリさん?」  リョータが浮かべる驚愕の表情を、今日だけで何度見ただろう。暴れることもなくなったが今度は無言が続く。  リョータにとっては寝耳に水なのかもしれない。それでもシオリなりに腹を決めて伝えたのだから、早く反芻でもなんでもして、放った言葉を理解して欲しい。  だがなかなかリョータには信じがたい出来事なのか、変わらず無反応だ。いよいよシオリの方が堪えきれなくなってきた。 「お前の「今生ではあきらめた」って、撤回できんの?」 「意味がわかんねえんだけど」 「じゃなくて、してくれ」 「…………って、え?」  リョータを抱き寄せた。今度は殴られても離さず、髪と背中を撫で続ける。やがてリョータがあきらめて力を抜くと、また口づけた。 「ふ、あ……」  最後の砦のように閉じきった唇を舌で撫でゆっくりと、だがしっかりとこじ開ける。歯列ををなぞりながら臆病な舌を迎えにゆく。絡めた舌に応える術をまだ知らないリョータがかわいらしくて、理性が抑えられなくなりそうだ。もう、すでにいろいろと振り切れているのかもしれないが。  だがあるときまではされるがままになっていたリョータがもぞもぞと身体を捩らせる。その後に及んでシオリから離れようと藻掻いているのだ。 「ん……っ……し、シオリさん……」 「ん?」 「さっきまでゴロウさんがシオリさんを看てたんだ……心配してたからすぐ戻ってきちゃうかもしれないから」 「……だな」  身体を離したい理由が嫌なのではないとわかって、シオリはあからさまにほっとした。すぐさまゴロウに電話をし、あとで事情を話しに行くからと伝えた。 「これでじいちゃんはこねーよ。な、リョータ」 「…………うん」 「ありがとうな、助けてくれて」  意識のない間、皆がしてくれたことを追っていくうち、リョータへの気持ちに嘘はつけなくなったと白状した。  どんなことがあっても振り向かなかったシオリ。リョータにしてみればいきなりのシオリタの豹変で戸惑っていたのが、それですべて合点がいったようだ。

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