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第26話

「多分互いのために俺たちは心を通わせない方がいいんだと思う、本当は。今でもその気持ちは変わらない」 「…………うん」 「でも、お前を愛おしい気持ちは抑えられないし、他の誰か、たとえば由悟なんかに持っていかれたらと考えたら、気が狂いそうになる」  おずおずとリョータの右手が伸ばされ、シオリの左手を握った。絡めた指をぎゅっと握る。  互いの痣が触れあうとそこは熱くなり、ドクンと波打った。 「お前はどうなの? リョータ。まだ俺が許せない?」 「そんなわけ……な……」 「だったら聞かせてくれよ…………頼むから」 「す……好きに決まってんだろ。ずっとあきらめられなかったし、他の人なんか好きになれない」  真摯な瞳がシオリを貫いた。自分で無理やり言わせたくせに、胸が詰まって何も言えなくなる。 「シオリさんだけだ」  こんなに真剣な想いをないがしろにしていたのだと、改めて自分のアホさ加減が嫌になった。どうやったら埋め合わせできるのだろう。こればかりは時間をかけて探っていくしかないのか。 「抱いてもいいか? おまえのこと」 「……うへ? え……」 「なんだよそれ…………やっぱ嫌だよな」  シオリが迫ると後退るくせに、嫌なのかと聞けば首を振る。知りたいと思った途端に、この年若く愛おしい相手が何を考えているのかまるで見当がつかなくて、焦りばかりが募る。 「どーしよ、俺……まいったな……ってぇ、なにすんだよっ!」  突然リョータがシオリの胸を突き飛ばした。挑むような瞳で睨まれているからますますどうしていいかわからなくなる。 「リョータぁ、俺はどうすればいい? …………どうしたら笑ってくれんの?」  心底呆れた様子の視線が痛い。もう傷つけるようなことはしたくない。べたべたに甘やかしてかわいがりたいのに、その術がまったくわからない。情けない大人を前に、リョータが大きなため息をついた。 「…………シオリさんはいいよ。沢山経験あるんだろうから」 「へ……?」 「俺は初めてなんだよっ! 人を好きになるのも、キ……キスしたり、触られたりすんのも……それなのに」 「リョータ、呆れてるんじゃないの? 俺のこと」 「呆れる?」  盛大にため息をついたのは、突然降りかかった数々のことに、気持ちが整理しきれなかっただけだったそうだ。かわいらしすぎて、頭がおかしくなりそう。 「ごめんて……悪かった。俺が焦り過ぎてた」 「遊び人でもそんなことがあるんだね」 「あ、なんか胸が痛い。リョータの言葉が刺さる……」  チクリと嫌みを言われたが、拒否されているわけではないようだ。リョータにしてみれば、まるきり経験がないのにいきなり「抱いていいか」なんて追い詰めたから、パニックになってしまっただけで。  想いが通じ合ったのだから抱きあうのは当然だと思っていたが、それはシオリの常識でしかない。リョータはまだ高校生で、しかも今時珍しい純粋な心身の持ち主なのだ。どこまで行っても自分本位な己の汚れた心に呆れ果ててしまう。 「……そりゃあ俺は今まで何もなかったって言ったら大嘘になるわな。でもよく考えたら誰かを恋しいって感じたのは初めてで、調子が狂っちまった」 「嘘だろ?」 「残念ながら本当だ」 「店でだっていつも臨戦態勢だったじゃねーか。信じらんねえ」 「まあ、そう思われても仕方ないよな。だけど色恋なんて今まで必要性を感じたことなかったんだよ」  それでもまだ疑わしそうにしているリョータを責める権利は一ミリもない。自分だってさっき気がついたくらいで、端から見たら嘘くさいこともよくわかる。だから本当のことだが、信じてもらえないなら他の方法でリョータへの気持ちを表せばいいと思った。 「…………それならいい」 「ん、なんだって?」 「いいっつってんだよ!」  リョータの方が一枚上手だ。素直すぎる純粋さは、時に最強の攻撃となる。シオリは完全にノックアウトされてしまった。  がばりと抱きついてきてシオリの胸に顔を埋められ、不覚にも鼻の奥がツンとした。やけくそのような合意の言葉だったが、それすらもリョータらしくて、たまらなくうれしかった。 「ありがとう……うれしいよ、リョータ」 「うん……」  素直な気持ちを伝えれば、ほんのり赤くなった顔でコクンと頷いた。そっと腕を伸ばして抱きしめるとリョータがはあっと吐息を漏らす。それなのに肩口に顔を埋め、その首筋に唇を這わすと、身体が固くなってしまった。声を我慢しているだけではない緊張感が走っている。  リョータは幼い頃からスキンシップが少ないか、なかったのだろう。恋人同士がするようなものはもちろん、経験がない。  硬く緊張した様子にかわいそうな気持ちはあるが、それならこれから自分が与えてやればいい。それこそリョータが煩わしいと感じるくらい、愛情を捧げたい。特定の誰かにこんな気持ちを抱くのはシオリも初めてだ。そうやって互いにゆっくり進めていけばいい。  こわばりを解くように首筋から耳朶、頬、こめかみへと何度もキスをするうち少しずつ身体が柔軟になってゆく。自分に身を任せる様子を面映ゆく思いながら愛撫を繰り返す。

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