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第31話

「例の幽霊さん、俺の高校にいるかも……」  リョータのリクエストである、店で出すのと同じ生姜焼き定食を食べながら、リョータが恐ろしいことを言い出した。なんでも、なにかとリョータに絡んでくる女子がいるのだが、彼女の言動が近頃おかしいらしい。 「なんか言葉遣いはきれいになったんだけど、それがひどく古めかしいんだ」  リョータが忘れものをすればいそいそと貸してくれるし、近頃シオリと距離を取っていたため自然と朝ご飯抜きになっていたのだが、それがバレてからは毎朝サンドイッチを作ってくるらしい。 「朝食べたならお昼にして。それでもいらないなら捨てて」  気味悪さより食べ物を粗末にしたくなくて一度それを口にしたら、毎朝の習慣になってしまったそうだ。 「お前、それは絡んでるんじゃなくて迫られてるんだよ」 「そうなんですか?」  本当にリョータはシオリ以外には興味がないようで、彼女がお前に惚れていると断言したらとても驚いている。 「まあいいよ。これからは朝飯は一緒に食うし、弁当も毎日持たせるから。だから断れよ」 「…………はい」  我ながら大人げないと思うが、自分以外の手で作られた料理をリョータの腹に入れてほしくない。そんな狭量を見透かされてはいないだろうかとリョータを盗み見ると、下を向いていてその表情はわからない。 「……どうした?」 「これからはシオリさんと毎朝朝ご飯、食べられるんだなって思ったら……なんかやっぱり不思議な気持ちで……」  同世代の子たちのように、わがままを言える親もそばにいない。あの古ぼけたアパートでずっとひとり、食事をしていたリョータ。どうしてもっと早く、自分の気持ちを認めなかったのか悔やまれる。 「朝も言っただろ? お前の飯は、これからずっと俺がつくってやる」  コクンと頷いたリョータがシャツの裾をぎゅっと握る。一緒に飯を食うのも、目覚めるのも、早く当たり前になればいい。 「……それで彼女は?」  取り憑かれた同級生のことが気になり、リョータが落ち着いたところで話を戻す。 「調べ物をしてる。学校の図書館では足りなくて区内の図書館や地方の郷土資料館とかも回ってる。探したい人がいるんだって」  幽霊の彼女は生前想い合っている男がいた。だが彼女の家の使用人にすぎない男と、世が世ならお姫様になっていてもおかしくない彼女では身分が違いすぎる。そのためひっそりと関係を育んでいたが、ある日彼女の縁談が決まってしまった。 「それで駆け落ちか」 「だけど約束の日時に、男は現れなかったそうです」  悲観した彼女はそのまま池に身を投げたそうだ。そして今日まで彷徨い、同級生に取り憑いた。 「リョータに自分の気持ちに気付いてもらえなくて業を煮やしていた彼女は、格好の憑代になったんだろう」 「そうみたいです……」 「お前、他人事みたいに」 「だって本当に、気付かなかったんです。ちなみに断る前に振られました」 「ぶはっ! なんだよそれ」 「ホモなんて最低っ! すっごい冷めたわ。だそうです」  同級生の彼女は取り憑いた女性が感じたものや見たものが多少シンクロするらしい。だからリョータの気持ちがシオリにあることがバレてしまったようだ。金角銀角が繰り返していることは、幽霊である女性にも呆れられるくらいの馬鹿馬鹿しいことなのかもしれない。でもシオリがそれを選んだ。リョータも、きっとそうだ。 「女性の話が本当なら、資料館に行っても彼のことはわからないだろう」  首をかしげるリョータがかわいくて、また抱きしめたくなるがそれでは一向に進まない。シオリはぐっと我慢した。 「身分の低い一般人のことなんて、残ってないよ」 「……そうか。そうですよね」 「だけどちょっと考えがある」  駆け落ちするほど想い合っていたのなら、なぜそれが上手くいかなかったのか。  考えられるのは、男性が裏切ったか、もしくは――。  リョータに頼んで、女性の名前を聞き出した。そこから家系をたどってゆく。リョータに取り憑くだけあるのだから、縁の地が遠方にあるとは思えなかったが、その読みは当たった。菩提寺は光苑寺だった。現在は近隣に一族はおらず、寺に永代供養を依頼しているようだ。 「それにしても、近かったな」 「シオリさん、お寺に行ってどうするんですか?」 「坊さんに会ってくる」  件の家のことを訪ねると住職は胡散臭い顔を隠さなかったが、あらかじめ老い亀から話を通してもらっていたのがよかったのか、案外素直に過去帳を出してきた。ただしシオリに中身は見せてくれない。 「娘さんが池に身を投げた頃から、一族の人数は減る一方のようですね」  住職が過去帳をペラリとめくる。 「そうですか……ところで、この家が、一族以外の人を納骨している記録はありませんか?」  ちょっとした賭けのようなもの。シオリは自分がその家の主人、女性の父親だったらどうしただろうかとシミュレーションしてみた。 「あ……ありますね。男性のようです」  時代背景も合っている。シオリの読みは間違っていなかったらしい。  邪魔者は排除する。でも悪者にもなりきれなくて後悔する。その結果の行動が今はっきりと記録に残っている。 「彼女を連れてきもらえるか?」  リョータに頼んだあと、無縁仏の区画のほど近い場所にひっそりと建っている墓石を見つけた。  リョータに連れてこられた同級生の彼女は墓石を見つめ、はらはらと涙を流している。 「私は裏切られたのではなかったのですね」  主人、つまり女性の父親は、駆け落ちを直前で関知し、使用人の男を切り捨てた。だが同時に大切な娘も喪うことになり、己の仕打ちを悔やんだのではないか。

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