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第32話
「ずっと探していたのに、生まれ変わった気配もありませんでした」
「この人はきっと、天国であなたを待っていたのでは?」
彼女は一瞬喜びの表情を浮かべたが、すぐにくしゃりと顔をゆがめる。
「そうだったとしても…………私はそこには行けないから、もうあえないのね」
「どうして?」
訪ねたリョータに彼女はふっと寂しげな笑みを向けた。見た目は制服姿でリョータの同級生なのだが、愛する男と添い遂げられなかった無念を滲ませた彼女が透けて見える。
「幸せそうな女を何人も取り殺しましたから」
妬みの波長が合った同級生は、幸せそうではないから取り殺す対象にならなかっただけだ。
「だから消し去ってください。私を」
「俺はその後のことはよくわかんねーけど、地獄よりも辛いかもよ……彼氏にあえるチャンスもゼロになる」
「いいんです。長年憎しみの感情だけで存在していた私は、随分変わってしまいました。あの人に合わせる顔もありません」
女性がそう望んでいる以上、仕方ない。取り殺す気がなくてもずっと身体を乗っ取られていたら、同級生の彼女も健康を害するだろう。
「じゃあ俺の方に移ってください」
ふっと同級生の身体から抜け出たところまではふたりで確認した。でもそれが最後だった。
「なんだよ……あんなしおらしくしてたくせに、騙したのかよ……」
女性はリョータの身体に入らず、逃げてしまった。その後に及んで何が目的かわからないが、去って行ったものを追うほどの気力はふたりには残っていないし、そもそもやってきた者にだけそれを施すのが役目だから。
「なんかすっきりしねーけど、一応一件落着ってことでいいのかね」
「……そうですね」
「わっ! ……てぇ……なにすんだよ」
リョータの同級生は、正気を取り戻すなりシオリにビンタをかました。
「あんたがリョータの恋人?」
噛みつかんばかりの勢いで詰め寄ってくる彼女は小柄なので、長身のシオリを真上に見上げている。
「首、疲れない?」
「ごまかさないでっ!」
苦笑したシオリを一蹴し、なおも挑戦的な視線を向けてくる。彼女を適当にあしらうのは難しいと断念した。
「そうだよ」
「ちょっ! シオリさん……」
「リョータは俺の大切な恋人だ。だから君には申し訳ないけど、リョータを渡すことはできないよ」
悔しそうな顔をするかと思ったが、予想に反し彼女は安堵のため息を漏らした。まあそれは一瞬だったが。
「ホモとか正直理解できないけど、絶対大事にしてよ。リョータにいっぱい好きって言ってあげて」
言われるまでもないことだが、彼女なりにリョータをあきらめる努力をして、尚且つ幸せを祈っているのだろう。案外いい子なのかもしれない。だからといってリョータはやれないけれど。
「うん、わかったよ。お嬢さん」
「お嬢さんじゃない、雅だからっ」
「ありがとうね、雅ちゃん」
漫画みたいにプイッとしながら雅が去って行く。
「いい子だね」
「……うん」
確かに、SOSの声を上げられない質のリョータには、あれこれ世話を焼いて心配してくれる雅のような子が似合いなのかもしれない。だがもうシオリが手を取ったからには、渡すことなんてできない。リョータがシオリを選んでくれて、シオリもまたリョータでなくてはいけないと気付いてしまったから。
たとえ凶縁でも、今のふたりならなんとかなるかもしれない。
そんな考えが甘かったということをすぐに思い知らされることになるのだけれど。
女の霊が去って落ち着くと、店を開ける前にリョータは当面の荷物を取りにアパートへ帰った。思ったよりも帰りが遅いので少し心配になっていると、真っ青な顔で店に入ってきた。
「おかえり、どうした。そんなひどい顔をして」
「……由悟さんに会った」
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