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第33話
きっと由悟はシオリのいない時にリョータに接触を図ると思った。だがそれは予想よりずっと早くて、ざわりと嫌な気分がこみ上げる。リョータとのことを、いつまでも黙ってはいられないと思うが、できることなら先延ばしにしたいと思ってしまう自分がいた。
リョータもなぜ、そんな顔をするのだろうか。詳しく教えてもらおうと促してみるがまったく乗ってこない。
「それで、なにか話したのか?」
「なにも話さないのに、全部見透かされているみたいで、いつもの由悟さんじゃないみたいで…………怖かった」
シオリにはそんな由悟は容易に想像できるが、リョータにとっては違ったのだろう。由悟はリョータを大切に扱っていたから。だがそのバランスが崩れた。それによって当たる相手がシオリならいいが、着地点の無い気持ちをリョータにぶつけられるのは、すごくまずい気がする。
ふとパーカーからのぞく、リョータの肩口が目に入った。ロングTシャツの襟口が伸びて、片方の鎖骨がのぞいてしまっている。
「なんだそれ、どうしたんだ?」
はだけた肩口はうっすらと赤い。強い力で掴まれ、揺さぶられたのだと小さな声がする。思わず頭にカアッと血が上った。
「なんで俺じゃだめなんだって、問い詰められました。なにも言えずに黙っていると「バカ銀とでは、幸せになる未来はないのに」と言っていなくなりました」
唇を噛んでうつむいてしまったリョータの襟元を正してやる。恋情はなくとも、自分によくしてくれた由悟の豹変した姿はショックに違いない。
「リョータは悪くない。すべては俺がはっきりとしなかったからだ。ごめんな」
力なく首を振るリョータをそっと抱き寄せる。
「由悟はリョータのことになるといつもの由悟じゃなく見える。あいつにとって、金角であるお前だけが特別なんだろう」
何度も繰り返した因縁だからこそ、銀角である自覚が出る前から互いに気に入らない存在だった。
「由悟にはちゃんと、俺から話をつける」
古着屋の店先に着くと、若い男性が立っていた。個性的なそのファッションと途方に暮れた様子から、古着屋の関係者だろうと声をかけた。
案の定男性は店のアルバイトで、時間通りやってきたのに店に入れないそうだ。鍵の類いは普段から預かっておらず、由悟と電話も繋がらないという。サイケデリックな模様が描かれたシャッターがずっと降りたままだ。中に人がいる様子はない。
「さっきまではこの辺にいたんだろうけどな……」
「そうなんですか?」
「俺じゃないけど、見かけた奴がいるから」
だが、結局開かないままの店にいてもしようがないと。男性もあきらめて一旦帰るようだ。
だが君津に戻って仕込みを始めてもなんだか心許ない。ずっと、胸の奥で嫌なものがくすぶっている。
由悟はあんな性格だが、店の経営に関してはシオリなどよりずっと堅実でセンスがある。由悟の店ヌードフラワーは客の要望に合わせて品物をチョイスするかゆいところに手が届くような接客はもちろん、いくつかのSNSを駆使して、細かな情報を発信している。
服が売れないと言われて久しいが、由悟の店では関係ないようだった。店の営業は規則正しく、いつかのリョータをアパートに送るために閉店時間を繰り上げた時もきちんと告知はされていた。
アルバイトにすら何の連絡もせず、店を閉めているのはおかしすぎる。
「もしかして……」
こんなときの悪い予感は大抵当たる。それも想像以上に。
「悪い、由悟と連絡が取れたら、店に連絡してくれ」
「店って……」
「君津っていう定食屋だ、駅近くの!」
リョータをひとりにしてしまった。シオリは必死で店へ戻った。
「リョータ!」
案の定店の中に由悟はいた。仕込みを進めてくれていたのだろう、調理場にいたリョータを追い詰めるよう、今まさにカウンターを乗り越えるところだった。
「やめろ由悟! リョータから離れるんだ」
「は?」
由悟の目は闇を吸い込んだように真っ黒だ。シオリの言葉に理解できない言語を聞いたような顔をしている。
「気持ちなんて待たないで、もっと早くこうすればよかった」
リョータが自ら自分を選ぶよう、由悟なりに努力していたのをシオリだって知っている。
「ひとつだけいいのは、こんな時代だからな。頼まれなくったって始末はできるんだよ」
「由悟さんっ、やめてください!」
標的を変え、シオリへ馬乗りになる由悟。そこにすがりつき、必死に引きはがそうとするリョータ。三人がもみくちゃになる。
「やめろばかっ……がはっ、うっ」
ギリギリと首を絞めつける手をやっとのことで跳ねのけた。呼吸が苦しくてひどくせき込む。
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