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ハッピーエンドにいたる病

以前単品で置いてた短編をこちらにまとめました。 内容は変わりません。 彼は太陽のような人間だった。 いつでも明るく周りを照らし喜ばれ、熱すぎて疎まれることもあるような人だった。 いつも暗い中にいた俺に光を与え輝かせてくれた。 彼がいなければ俺は自ら光ることはできず暗い中ずっと一人だっただろう。 俺は彼のことが好きだった。 彼は月のような人間だった。 いつも落ち着いていて優しく包み込んでくれるような人だった。 おれが熱く照らしすぎて怒られて落ち込んでいる間に暗い中から顔を出し優しく見守った。 俺のことも照らしてよ、なんてちょっと自己中で甘えん坊だった。 おれは彼のことが好きだ。 「和ー、この間買ったさー醤油、どこしまったっけ?」 「……上の棚の方にしまってなかったっけ?」 「探してんだけど見つかんなくて。んーどこだったかなー。 しょーゆーどこー?」 俺も探しに行こうと立ち上がった瞬間、胸が激しく脈打ちだす。 胸を押さえながら膝から崩れ落ちる。 心臓が暴れまわっている。 心臓が、痛い、苦しい、呼吸ができない。 「あーあったあった見つかったー。 ……和? えっ和どうした!?」 「ゆ、悠真」 ふーっと息を吐き出し呼吸を整え無理やり笑みを浮かべ安心させるように声を出す。 「ごめん悠真、もう大丈夫だから。 ただの立ちくらみだと思う。 急に立ち上がろうとしたからなっただけ」 「ぜーったい大丈夫じゃないって。病院行ったほうがいいって。 さっき胸んとこ押さえてたじゃん、心臓の病気かも知んないじゃんか」 「そんな大げさな……金もかかるしわざわざ行く必要なんて」 「お願いだから行ってよ。 おれのばあちゃんも死ぬ前にちょっと心臓痛いけどこれぐらい大丈夫! って言って散歩行って倒れて死んじゃったから…… お願い! 行くだけ行ってよ」 「わかったわかった、そんな必要ないと思うけどな……」 しぶしぶ病院に予約を入れ検査を受けに行く。 なにもないだろうと思っていたのに精密検査を受けるように言われ。 心配そうに言う悠真に大丈夫って声をかけながら検査を受け。 なぜか親御さんと一緒に来てくださいなんて言われて。 それでも大丈夫なんて思ってたんだ。 ただの現実逃避だったのかもしれないけれど。 治るものだなんて楽観視していたんだ。 「残念ですが……」 医者の話してる内容がなにも入ってこない。 なんで母さんが泣いているのか理解できない。 いや、理解することを拒否しているだけであって本当はわかっているんだ。 顔面蒼白でフラフラしたまま家へと帰る。 気持ち悪くて吐きそうで心臓が痛くて。 何も考えられず何も考えたくなくて無心で家までロボットのように足を動かす。 「あ、おーい和ー、あれ? おーい和ー?」 後ろから俺のことを呼ぶ声が聞こえる。 立ち止まり、地面を見つめる。 肩を組まれても動かず地面と見つめ合う。 「やっぱ和じゃんか、なんで返事してくんないんだよ。 なんだよ、そんなに検査きつかった?」 覗き込んできた悠真の顔はいつもと変わらず太陽のように明るくてとても眩しくて。 いつものように話しかけてきていつもと変わらないことに涙がポロッとこぼれ落ちる。 「か、和? ご、ごめん痛かった?」 ぐいっと悠真を引き離す。 ポロポロと流れ落ちていく涙を止めることもせず、乾いた笑い声を上げる。 「悠真、俺、あと半年で死ぬんだってさ。 手術だって成功率低すぎて、したところで生きれるかもわかんないし、つか今死んでもおかしくないんだってさ。 あはは……俺、まだ一九でっ、これからまだやりたいことあるし、これからもずっと、悠真と一緒に居れると思ってたのにさ。 ……もう無理なんだってさ」 「か、かず」 「こ、これからも悠真と一緒に居れるんだって嬉しかったのに。 お、俺さ、お前のこと好きでさ、はじ、初めて好きになって、せ、成人したらお前に告白しようなんて思ってたのに。 っはは、ははっ……ごめん迷惑だったよな。 親にさ、家に帰ってこいって言われて、はは、まあもう死ぬしそうするしかないから。 悠真にこれ以上迷惑かけられないし。 ごめんなこんな急に。今から俺の荷物だけ運び出すから。 終わったら鍵ポストに入れとく」 「か、和、待てって」 伸ばされた手を払いのける。 悠真の傷ついたような悲しそうな顔。 よろけて何も言わず、言えず踵を返し走り出す。 ズキリと胸だか心臓だかが痛みだす。 あんな顔させたくなんかなかったのに。 最後に見た悠真の顔が忘れられない。 最後まで俺は勝手で自己中で悠真の気持ちなんて一切考えないで本当に最低野郎だ。 服を握りしめ咽び泣く。 悠真と一緒に居たかった。 一緒にどうでもいいことで笑って過ごしたかった。 一緒にどうでもいいことで喧嘩して仲直りしたかった。 一緒にどうでもいい話をして酒飲んで夜を明かしてみたかった。 一緒に生きたかった。 悠真と手をつなぎたかった。 悠真とキス、してみたかった。 一緒に……一緒に…… (死にたくない、死にたくない……のに……) 「和、ご飯できたよ。 今日は和の好きな夏野菜のカレーと、あと和が好きなプリンもあるよ。 ……冷蔵庫に入れておくから食べるときは温めて食べてね。 お母さん、先に寝るね。 ……和、おやすみ」 真っ暗な部屋の中膝を抱えてうずくまったまま聞き流す。 もう何時間このままでいただろうか。 滝のように流れていた涙は枯れて顔に流れていた跡だけが残っている。 顔を拭こうとのそりと体を動かすとチカチカとスマホが光っていることに気づく。 反射的にスマホに手を伸ばし確認する。 「……え? な、何だこれ」 メッセージアプリにおびただしい量の通知。 電話も何度もかかってきている。 その全てが悠真からのメッセージで。 震える手でアプリをタップし悠真とのトークの画面を開く。 何百件とあるメッセージを最初からスクロールして見ていく。 『スマホ見てるかー? 気づいたら連絡くれー』 『返事返さなくてもいいから既読だけでもつけてくれ』 『今どこ? 電話かけるぞ』 『不在着信』 『でんわでろ』 『かず』 機械のようにただただ同じ動作を続け、一番下まで行き着く。 最後に送られてきたのは一八時。 『今日の夜九時にキリンのすべり台があるところで待ってる』 今の時間は……二十時五十八分。 スマホを握りしめうなだれる。 キリンのすべり台があるところは俺たちが通ってた小学校のすぐ近くの公園。 今走っても五分以上はかかる。 絶対に間に合わない。 ピコンピコン、とスマホから軽快な音がなる。 ピコンピコンピコンピコン 「うるっせぇなぁ! なんだよもう」 顔を上げ飛び込んできたのは悠真からのメッセージ。 『きりんのすべり台』 『おれがすべり台から落ちてけがして和が泣いた』 『シャーってすべるロープのやつの残骸 別名ターザンロープ』 『どっちが先にやるか毎回けんかした 一緒にのってけがして撤去された』 『カエルの水飲み場』 『うまーとか言いながらよく飲んでた 今考えると汚ないのによく飲んでたなって思う』 「……懐かし。 っはは、ひっく、あはは……」 昔から悠真とよく遊んでけんかして仲直りしてけんかして…… バカばっかやってたな。 ピコン 『でっかいかまくらみたいなやつ 雨宿りしてて二人して寝ちゃって警察来る騒動になって見つかったあとすごい怒られた 警察よりも母ちゃんたちのほうが怖かった』 「あははっ、そうだ。 二人してっお、怒られたよな。あははっ、あー……あぁ……」 スマホの画面が滲んで見づらい。 から笑いしながら何度も何度も涙を拭う。 ピコン ……シロツメクサの写真? ピコンピコン 『高校生んときベンチで喋ってたときちっちゃい女の子にシロツメクサの指輪もらってさ 結婚指輪だよってもらったからつけようとしたら和がそこはだめって珍しく怒って女の子泣かせたよな』 『あのとき和に嫉妬されたみたいで嬉しかったって言ったらひくよな おれも昔から和のこと好きだった 友人、としてじゃなくて恋人的な意味合いで おれの初恋だった』 気づいたら部屋から出て走っていた。 ぜぇぜぇと息を切らしながら転びそうになりながらあの場所を目指して。 公園にいたどり着く。 あたりを見回すけど人の姿すら見当たらなくて。 「悠真、悠真ぁ!」 息を切らしながら大声を上げ名前を呼ぶ。 「なぁ悠真いるんだろ! 返事してくれ!」 「ちょっ和! いるいる、いるから! そんな大声出すなよ」 ひょっこりとキリンのすべり台から悠真が現れる。 駆け出そうとして体がよろけ倒れ込む。 「げぇっ、がほっ」 「おい、和! しっかりしろ、なあ!」 ひゅーひゅーと喉から空気が漏れ出る。 息がしづらい、目の前がぼやけてよく見えない。 悠真が何か言ってる気がするけどよく聞こえない。 ぼたぼた俺の顔に温かい雨が降り注ぐ。 ……俺、死ぬのかな。 けど最期に悠真に会えて良かった。 手を伸ばし最後の力を振り絞って声を出す。 「……」 ────────── 「和、和ってば! 俺の声聞こえるか?!返事してくれよ!」 呼吸がヤバい、きゅ、救急車、救急車って何番だっけ。 手が震えて操作できない、頭が回らない。 早く早く早くっ! そっと温かい手がおれの手を握る。 「……ゅぅ、ま」 「和! 無理に喋るな、呼吸が」 「ひゅっひゅう……俺、悠真のこと、好きで」 「和しっかりしろ。今救急車呼ぶから」 「聞ぃて……両思いだってしれてさ、おれ……すっげぇ幸せ」 「……っ、お、おれもっ嬉しい。 なあ、ほら今度和が行きたいって言ってた遊園地行こうぜ。 それでさバカみたいに騒いで遊ぼうぜ。 だからさ、お願い……死ぬなよ……死なないで……お願い……お願いだから」 「ゆう、ま。キス、したいなぁ」 甘えたような声で和が笑って言う。 おれはくちゃくちゃな顔で笑ってそっと和の唇に口づけをする。 「……嬉しいなぁ」 目から涙が溢れこぼれていく。 和が目を閉じ嬉しそうに、幸せそうに笑う。 「……もっと早く、告白すれば良かったなぁ。 好きって言えば良かった。 ごめん、ゆう、ま」 ずしりと和の体が重くなる。 握られていた和の手から力が抜けていく。 「……え? な、なあ和、嘘、だよな? へ、返事してくれよ」 和の手を握るけど握り返されることもなくダラン……としていて何よりも体がどんどん冷たくなっていって。 腕の中で和は幸せそうに笑って眠っている。 今にも嘘だよなんて起きて笑ってくれそうなのに。 「なぁ和、こんなところで寝るなよ。 おれたちの家に帰ろう、それでさ、一緒にご飯食べてさ一緒に。 ……なんで返事してくれないんだよ。 なんでおれをおいていくんだよ、なぁ和…… こんなひどいだろ、和……かずぅ……」 うおおおぉ、うおおおおと狼の遠吠えのように泣き叫ぶ。 月の光がおれたちの悲劇を祝福するかのように優しく包み込む。

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