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これは恋ではない!……と信じたい
以前単品で置いてた短編をこちらにまとめました。
内容は変わりません。
心のなかで大きな、大きなため息をつく。
サンサンと照りつける太陽、塩素の匂い、立っているだけで吹き出す汗。
周りを見れば真っ白なシャツを腕まくりし騒ぎ立てる奴ら、いわゆる陽キャの群れ。
そんな中に一人、背中を丸めながら影に潜むようにしている人間が一人。
それが俺、御手洗 勝彦 。
いわゆる陰キャだ。
なぜ俺がこんなところにいるかって? それは……
「クラス委員全員いるか確認しろー。
……よし、それじゃ今からプール清掃始めるぞー。えー、こっち半分はプールの中の清掃で……」
そう、夏の一大イベントと言ってもいいプール清掃だ。
我が校には学校のすぐ近くにプールがあり生徒が清掃を担当している。
今回俺のクラスがプール清掃当番に当たったってわけだ。
(いやまじで意味わかんねえし、俺みたいなもやしにこの炎天下の中掃除しろって?
はい熱中症確定〜、即保健室行き〜。まじで今すぐにでもサボりてぇ……)
心のなかでブツクサとぼやく。ぼやいたところでどうにもならないことはわかっていてもぼやくことをやめられない。
「……それでこっち半分は二人組作って」
先生の言葉ではっとなる。
慌てていつもつるんでる奴らを探すも全員プール清掃組になっている。
急な高難易度イベに慌てる。
周りの奴らは陽キャばっかだし、なんならもう二人組出来上がってる。これ、俺だけぼっち確定、先生と組まされるか出来上がってる二人組に混ざるっていうクソ気まずいやつ……
誰かいないかとキョロキョロとあたりを見回していると不意に肩を叩かれ振り向く。
「なぁ、えーっと……かつひこ? だっけか。
お前まだ誰とも組んでない?」
「へっ? あ、う、うん」
「あーよかったー、オレもまだでさー。よかったら一緒に組まねぇ?
他の奴らもう二人組できててさー、オレだけ余っちまったんだよー」
「あ、う、うんよろしく」
よっしゃーぼっち回避! と一瞬心のなかでガッツポーズをしかけてすぐに絶望に変わる。
相手はクラスの中心的な存在、霧島 静 。
圧倒的陽キャ。
そんなやつと一緒だなんて。
「センセー、二人組できましたー」
「じゃあ二人は更衣室の掃除担当で。
掃除用具は中にあるはずだからそれ使って」
「はーい、じゃあ勝彦行こーぜ」
「あ、う、うん」
さっさと歩き出す霧島についていく。
同じクラスといえどほとんど会話をしたことがない。学級日誌を渡すときとかノート回収するときぐらい、いやもう女子と変わらないレベルで話したことがないのに。
二人っきりになるからなにか喋らないといけないってことだろ。
初期装備で魔王倒せって言ってるぐらい無理なんだが。
「とうちゃーくっと。
……ん? 扉開かねえんだけど、えーこれ鍵閉まってんじゃん。
ちょっとオレセンセーに鍵借りてくるから、勝彦ここで待ってて」
「あ、う、うん。ごめん、ありがと」
タッタッタと走っていく背中を眺める。
手持ち無沙汰になり日陰に入り少し休憩する。
「おっ、おてあらいじゃん。お前掃除しねーの?」
「あ、えっと、今霧島くんが更衣室の鍵取りに行ってるから、それ待ってる感じで。
それに俺はおてあらいじゃなくて」
「なーおてあらいくん、トイレ掃除代わってくれよー。
名前おんなじでぴったりじゃんか」
「いや俺は」
「おいお前ら! ちゃんと掃除しろよ、サボったやつ内申点下げるぞ!」
「す、すみませんっ」
「はーいすいませーん、ちゃんとやりまーす」
周りに人がいなくなったのを確認してため息をつく。
御手洗。みたらい、と読むこの名前はトイレと同じ漢字だからよくバカにされる。
バカにされるのはもう慣れたけども。
(お前は人の名前をバカにしちゃいけませんって習わなかったのか? お前がされて嫌なことはしちゃいけねぇんだぞ? お前が御手洗って名前だったとき言われて嬉しいのか?
はーまじでクソクソ。さっさと家帰ってゲームしてぇ)
心のなかで悪態をつく。
けれど心の中のもやもやは晴れないし、増していく。
このあと霧島と二人で一緒に更衣室掃除しなきゃいけないと思うとさらに胸のもやもやが増えていく。
「おまたせー、いやー悪い。センセーがさー、鍵持ってくんの忘れてたみたいでさー、一回学校まで戻ったから時間かかっちまった。さっさと掃除しちまおうぜー」
「あ、う、うん」
(ここからはボス戦だ、いかに相手の機嫌を崩さずうまく立ち回れるかが勝負だ)
「うっわやべえキタネッ! おい勝彦そこに変な布かぶってるやつあるぞ。触ってみろよ」
「えっ! 無理無理、すごいホコリ被ってるし、すっげー汚いじゃん」
「じゃあ一緒にめくろうぜ、せーのっ……ビート板と、なんだこれ、デッカイ縄?」
「な、何に使うんだろこの縄」
「そりゃあ、誰か溺れたときにこうやって投げて引き上げる用だろ」
「あ、なるほど」
「ってそんなわけねーだろ。今オレすごい適当に言っただけだからな。
信じんなよー、いやまじで騙されるなんて思わなかった……
勝彦絶対詐欺とか引っかかりやすいタイプだろ」
「い、いやそんなことはない、と信じたい」
さすが陽キャだけあって霧島は話すのがうまい。
ポンポンと会話をしながらもちゃんと掃除はしてるし丁寧で優しくて普通に楽しい。
重そうなものを運び出すときにはさり気なく軽いものと交換してくれる。
俺が女なら惚れてた。
「あとは外出したやつをもとに戻して……よっしゃーおわりー!
あっ、センセー終わりましたー! 確認してくださーい」
「どれ……よし、じゃあ次はプールの方に先生いるから、何するか聞いてプール清掃の方手伝ってくれ」
「えーオレたちこんなに頑張ったのにー? まだ掃除しなきゃだめなんすかー?」
「当たり前だろ、全部の清掃終わるまで終わらんぞ。
ほら行った行った」
「えー、仕方ないか。勝彦行こーぜ……ってあーオレ更衣室の鍵返してからプールの方行くわ。先行ってて」
「あ、う、うん」
更衣室からプールまではすぐそこだし早く行って仕事をさせられるもの嫌だからゆっくりと歩いて向かう。
(久々にイツメン以外と話したけど悪くなかったな。普通に楽しかった。
陽キャだけど霧島とは話しやすい。やっぱボスは違うなぁ)
憂鬱だった気分が少しだけ晴れて心が軽い。
まあこれなら、プール清掃だって、やってあげてもいいかな?
なんて思いながら足取り軽く向かう。
「あ、おてあらいじゃ〜ん」
……前言撤回。
今すぐ回れ右して家に帰りたい。
そんな俺の気持ちもつゆ知らず、後ろから肩を組んでくる。
「おてあらいも掃除終わって今からプールの方に行くん? 霧島は?」
「あ、霧島くんは更衣室の鍵返しに行ってる、から」
「ふーん」
すぐに離れてはくれたものの一緒な方向に歩くため気まずい。
「せんせー、プールの方手伝えって言われたんで来ましたー」
「おう、ええっと名前は……中島と、おてあらい?」
「みたらい、です」
「みたらい、か。ええっとじゃあふたりともプール内の清掃に行ってくれ。おてあらい、じゃなくてみたらいはスポンジで壁磨き、中島は力ありそうだしモップで床磨きな」
「……はい」
「はーい」
スポンジを受け取りコソコソとその場を離れようとするも、
「おてあらいくーん、一緒に掃除しよーぜ」
……速攻で捕まってしまった。
「あ、でも俺と中島くん掃除する場所違うし……」
「おてあらいくんの掃除してる近くの床磨いてりゃいいっしょ。つーかおてあらいくんもプールなんかじゃなくてさ、トイレ掃除したいんじゃないの? 名前一緒だし」
「あはは……」
「せんせーもさー、すごいいい間違えてたじゃん? もうわかりやすくトイレ、に名前変えたらいいのに」
ぎゃっはっはと何がそんなに面白いのか腹を抱えて笑い出す。
周りの奴らもこちらをチラチラ見ながら笑っているように見える。
(俺だって別にこの名前になりたくてなったわけじゃない。
なんでこんなに笑われなきゃいけないんだよ。お前らだって糞丸みたいな名前つけられてそんなふうに呼ばれたらキレるだろうが)
あまりにもムカついてイライラして怒るよりも泣きそうになってくる。
「あっれー? もしかしておてあらいくん泣きそうなんですかー? トイレに駆け込「人の名前バカにすんなよ! こいつの名前はおてあらいじゃなくて、みたらい、だろ!」」
「「は……?」」
突然の怒声に驚き涙が引っ込む。
目を吊り上げ明らか怒っている霧島が、周りの目も気にせずに中島に詰め寄っていく。
「人の名前のことバカにすんなよ! お前だって自分の名前バカにされたら嫌だろうが!」
「……何キレてんだよ、うざっ」
そのまま中島は走っていってしまう。
霧島はふーっと息を吐いたかと思うと、
「いやー悪い悪い、急におっきい声出して。まじごめんっ」
そう笑っていつもの霧島に戻る。
周りの奴らも少し困惑したようにしながらも掃除へと戻っていく。
展開についていけずぽかんとしたままの俺に霧島がひそひそと声をかけてくる。
「ごめん、勝彦。つい怒っちまって。
後でアイツにはもう一回怒っとくから」
「え、あ、ううん怒らなくても俺全然気にしてないし。
……言われ慣れてるから」
「いーや俺の気がすまねえから。
いや、ほらオレもさ、名前が静だからさ、女みたいってよくバカにされてたんだ。だからまーおれはそれが嫌でさ、だから勝彦みたいに名前バカにされてんの聞くの嫌なんだよ。
勝彦は嫌じゃねーのかよ、そんなふうに言われて」
「あ、えっと……嫌、ではあるかな」
「そーだろ? お互いさー名前で苦労するよなー、って勝手に親近感湧かせんなって話だよな」
「あ、いやそんなことないよ。
……あの、さ、さっき名前のこと言ってくれてなんかちょっとすっきりした、ごめん、ありがとう」
「いーよいーよ。そんなお礼言われるようなことじゃないし。俺が言いたかっただけだし。
まあでもまた名前のことでバカにされたらオレが怒ってやるよ!
同じちょっと困った名前同士、な!」
そう言ってにかっと笑う霧島はあまりにも眩しく、かっこよくて、胸がキュンと。
……キュン?
(いやいやキュン、って何? それって恋したときに出る効果音では? え、誰に恋して……霧島?! いやないないない、そもそも相手男だし、つか実際にキュン、ってなるんだ……って更にそこじゃない!
え、え? いやこういうときは俺の嫁(二次元)を思い浮かべよう、そうだ、そうやって少し冷静に)
「あ、おい! スポンジが」
「え?」
ぱしっ。
「おいおいスポンジ投げんなよー、ぶつかってケガしたらどうすんだよー。
オレがいたからよかったけどさー。
……勝彦、大丈夫だったか?」
向こうから悪い悪いと声が聞こえてくる。
どうやらスポンジを投げて俺にぶつかりそうだったのを直前で霧島が取ったらしい。
至近距離にある霧島の顔、いつもならそっと目を背け距離を取るのになぜか目が離せず胸が高鳴り始める。
「おい、ほんとに大丈夫か? 顔赤いけどもしかして熱中症とかじゃ」
「いやいや全然大丈夫なんで! ご、ごめんありがと!」
勢いよく体をそらし霧島から離れる。
胸がドキドキしてるし顔も火照りだしてる。
これは、これは、
恋ではない!……と信じたい。
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