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君の望む未来が訪れますように
今日も不快な音が鳴り響く。
肉が裂ける音、殴られる音、床に叩きつけられる音、怒った音、ゲラゲラ笑う音。
おれはとある組織の殺し屋だった。
対象の暗殺に失敗、そして捕まり今に至る。
情報を吐け、と怒鳴られてもおれは何も知らない。いくら言ってもあいつらには通じない。
痛みにももう慣れた。もう何も感じない。
ただ日がな一日を暴力を受け、不快な音を聞き、気絶するように眠りにつく。
早く死ねねえかな、と思いながら。
ある時、男に引きづられ入ったのは白くて消毒液の匂いが強い部屋。
白衣を着た、見るからに医者です、とした風貌の男が椅子に座っていた。
「はじめまして、今日から君の拷問担当になりました、藪です。
みんなからは親しみを込めてヤブ医者って呼ばれてます。
あ、勘違いしないでね、ヤブ医者って呼ばれてるけど名前のせいだから。実力はあるよ、今までに何人も治してきたからね。
あ、口枷取ろうか、喋れないよね」
ペラペラと聞いてないことをよく喋るうさんくさい男だな、と思った。
よくわからない、とらえどころのない人間。
口以外殆ど動かないが最大限の警戒を行う。
「さて早速だけど傷の手当しようか。痛ったそうだねー」
「……あいつらみたいに拷問するんじゃねえの」
「えー! ヤダヤダヤダ! 痛そうな格好してる人に痛いことしたくないよ。
痛くしていいのは痛いって言っている人の手術するときだけ。これ、僕のポリシー」
丁寧に傷口を処置されたと思うとちょうどいい大きさだーとおれを抱え膝の上に乗せる。
動くときはおれを抱えたまま歩く。
仕事終わりー! と叫ぶとあいつはおれを抱いたままベットに横になりそのまま眠ってしまう。
今おれの頭の中を覗けたなら ? が大量に出ているだろう。
こいつ、なんなんだ……?
隙だらけだし殺そうと思えばいつでもできる。けれど今は体が思うように動かない。
仕方ない、体が治ったらこいつを殺して元の場所に戻ればいい。
次の日も次の日も傷の手当をしてあとはおれをぬいぐるみのように抱いて一日を過ごすだけ。
体が動くようになってきたから、逃げ出すためにあいつを殺そうとするけどすべていなされる。あいつは元気になったなーと笑うだけ。
今日も相変わらず膝の上にのせられあいつが仕事をしているのを眺める。
「ヤブ医者」
「んー? どしたー?」
「あんた、なんで何にもしないんだ」
「えー? 僕言わなかったっけ? 僕が痛くするのは」
「それは聞いた。じゃあなんで何もしないんだよ。
おれはあんたとこのボスを殺しに来た敵だ。
情報を吐かせるか、なにもないとわかったらさっさと殺すだろ。 なんでしないんだよ!」
「それは僕が痛いことはしたくないし僕の目の前で人は死なせないってポリシーを持っているからかな。
死にたいなら死んでもいいけど僕飲めの前では絶対死なせない」
もういいよね、と言わんばかりにあいつはまた仕事に戻る。
「……なんで、なんでだよ! 早く、早く殺してくれよ! なんでっ!」
「じゃあ、自分でやればいいじゃん。何? 怖いの?」
「怖くなんか……!」
暗殺者として物心付く前から訓練させられた。
親もなにもないおれが生きるのはその道しかなかったから。
どんな辛い訓練にも耐えた。耐えれたんだ。
人を殺す方法も自分を殺す方法だって、わかっているのに。できる、はずなのに。
「できないんでしょ?」
「でき、る……お、おれは」
「できない理由なんて簡単。君は今この生活を手放したくないからだ」
「そんなことない!」
「拷問されてた時はさー、人生諦めて隙さえありゃ舌を噛みちぎろうとして口枷はめられてたのに。
今は口枷さえないのにしようとしないじゃん。
ここにあるシャーペンでも君ならできるでしょ? なのに僕に攻撃してくるだけ、自死行動しようとはしない。
それも僕が仕事に集中してるときだけ。
かまってくれなくてすねて攻撃してくる猫みたい」
「違う! それはお前を殺して逃げようと」
「でも狙う時も確実に急所は外してるし当たりそうになると手、止めてるよね?」
「……そんなこと、ない」
そうだ、こいつをさっさと殺せばいい。
今までは怪我が完全に治ってなくてできなかっただけで今ならできる。
今ならこいつを殺し、て。
「はい! そんな君にチャンスを上げます!
1.また前の拷問部屋に戻って情報ゲロって殺してもらう。
適当にそれっぽいこと言ったらさっさと殺してもらえるよ。
2.今僕を殺して逃げて野垂れ死ぬ。
ここから出たところで前の組織には帰れないだろうしね。
そして最後3つ目! 僕の助手兼抱きまくらとして死ぬまで僕のそばにいるか。
さあ! どれにする?!」
そんなの全部嫌に決まっている。
どれも選びたくなんかない。けど選べ、と言うなら一番マシなやつを選ぶ。
おれは指をたてあいつに見せる。
「おっとそれは?」
おれは右手の指を三本たて、左手の指を二本たてた。
「おまえを殺すまでおまえのそばにいる。
おまえを殺したらおれはここから逃げる」
「……いいじゃんいいじゃん! じゃあ僕を殺せるまで助手兼抱きまくらとしてよろしく!
えーっと名前は」
「835。数字で書いてはみごと読む。ずっとそう呼ばれてきた」
「ええ……センスな。君の名付け親センスなさすぎ。
そうだな……じゃあノゾミにしよう! 君の名前は今日からノゾミくんだ!」
こう書くんだ、とくしゃくしゃの紙に『望未』の文字が書かれる。
「それでは望未くん、最初の仕事だ。
コーヒーを入れてくれ、砂糖、ミルク、毒なしのブラックを一つ頼むよ」
「わかった。砂糖、ミルク、毒たっぷり入れてくる」
あいつの膝から飛び降りる。
自分の名前が書かれたくしゃくしゃの紙をきれいに畳んで服の中に仕舞いながら。
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