31 / 32

やっぱり嫌いになれない(アイスバース)

この世界には男と女、そしてジュースとアイスという存在がいる。 飲む方のジュースでも、食べる方のアイスではない。 ジュースは自分がジュースとはわからない。 また相手がアイスかどうかもわからない。 アイスは自分でアイスだと理解でき、ジュースな人間かもわかるといわれている。 普通の人より体温が低く、触ると夏でもひやっとしている。 アイスはジュースと両思いになった瞬間溶けて消えてしまう。 夏の日差しに溶けるアイスのように早く溶けるものもいれば。 ジュースの中に入っている氷のようにじわじわ溶けて消えるものもいる。 じゃあアイスはジュースな人と関わらないようにすればいいんだ! ……なんてことができたらどれだけ幸せだろうか。 皮肉にもジュースとアイスは惹かれ合う運命にある。 もしも、お互いに愛してしまえば、好きになってしまえば。 ……アイスは溶けていなくなってしまう。 結ばれることを許されない関係。 それでも僕は、僕は…… どうしようもなく惹かれてしまうんだ。 ―――――― 朝、目が覚めてスマホに手を伸ばす。 ニュースアプリを開き読んでいく。 外は異常なまでに暑い、同じような内容が永遠と書かれている。 ある記事で手を止める。 『怪奇現象?! 人が溶けてなくなる!』 元人間だったもの、と言う画像を見て顔を顰め、スマホを放り投げる。 はあ、ため息をつき腕で顔を隠す。 外はひどく暑いと言うのに僕の体は腕はひんやりと冷たい。 まるでキンキンに冷えたアイスのように。 体を起こし服を着替える。 僕はどれだけ暑くても長袖を着る。 別に寒がりじゃない、ただ身体中に跡があるからだ。 噛み跡からタバコの火傷に鞭の跡。 一番気持ち悪いのはキスされた跡。 僕は自分がアイスだと知った日、僕は僕であることを辞めた。 感情の全てを捨て親しい人たちとの連絡も絶った。 ジュースと会ってしまえば否応なしに惹かれあい……そして溶けて死ぬ。 だったら人間を嫌いであろう、そうすればジュースに会ったところで好きになることはない。僕は(あらが)いたい。 不条理な僕のアイスという性に。 スマホを拾い、いつものアプリを開く。 今日も今日とて人間を嫌いになるために体を痛めつけてくれる人間を求めるように書き込む。 「雪路(ゆきじ)くん、でいいかな?」 見ていたスマホをしまって話しかけてきた人間を見る。 いい人タイプの量産型人間みたいだな、なんて思いつつ返事をする。 暑いしちょっとカフェに入ろうか。 僕はさっさと事を済ませて金もらって帰りたい、がここで相手の機嫌を損ねては面倒だ。 こくん、と頷き人間についていく。 店内はひんやりとしてほとんど人がいない。 僕はアイスコーヒー、量産型人間はクリームソーダを注文する。 すぐにやってきたアイスコーヒーを飲む。 氷ばかりなアイスコーヒーはあっという間になくなってしまう。 雪路くんはすごいな、コーヒー飲めるなんて。 ぼくは子供舌だから甘いのじゃないと飲めなくて。 量産型人間は上に乗っかったアイスを食べながらクリームソーダを飲んでいる。 量産型人間が子供のように見えるのがおかしくてふっと笑みを浮かべる。 コップの中の氷がカラ、カランと音を鳴らす。 ホテルに入ってすぐに男をベットに座らせ、服を脱ぐ。 量産型人間は僕の体を見てギョッとした顔をする。 初めは大丈夫? と優しそうな顔をするが事が始まれば発情期の犬のように盛り出す。 ひどく楽しそうに僕の体を傷つける。 こいつだってそれが目当てだろうと、男の顔を見ると目が合った途端滝のような涙を流し始める。 なんだこいつ。 「な、なんでそんな怪我してるの。 痛そうじゃんかぁあ」 「……」 おいおいと泣き始める。 あ、こいつは面倒なタイプだ。 そう悟った俺は脱いだばかりの服を着ようと脱ぎ捨てた服を手にとる。 その腕を泣いている男に捕まれる。 「ごめ、ごめん、帰らないで。 びっくりしたけどもう泣かないから、お金も払うから、お願い」 涙でぐちゃぐちゃの顔で尊厳をかなぐり捨てて俺に喰らいつく。 その姿が少し面白くて手を止める。 「うっ、うっ、あのさ、まず言うけどは雪路くんは勘違いしてるよ」 「……勘違い?」 「そうだよ、ぼくはさ、元から君とセックスしたいなんて思ってなくて。 ぼくはね、ケガの手当てをするのが好きなんだ。 急に脱がれたからびっくりしたよ〜」 男がぽんぽんとベットを叩いているから誘われるままに男の隣に座る。 男はカバンの中からでかいポーチを取り出し、さらに中から包帯やら消毒液やらを出していく。 「雪路くん、元の肌の色がわからないくらい傷だらけじゃんか…… 雪路くんは包帯の種類にこだわりとかある? ぼくのおすすめはこの包帯で伸縮性もあってね、肌にも優しくて」 「……なんでもいい」 壊れ物に触るかのように慎重に、僕が痛くないように気を使って薬を塗り包帯を巻いてくれる。 噛み跡からタバコの火傷に鞭の跡がどんどん白色に覆われて、いつも見ていた人間を嫌いになるための傷達が見えなくなっていく。 「雪路くんは体冷たいんだね」 「……冷え性だから」 「えぇ! だったら尚更こんなケガだらけにして放ってたらダメだよ! 血行悪いのにさわに悪くしてるようなものじゃんか。 ぼくはね昔から子供体温って言われるぐらいに手が熱いんだよ。 どうかな、あったかくない?」 冷えた右手を両手で包み込むように握りしめられる。 普段の嫌いな人間の生暖かい手とは違う。 芯からじんわりとほぐすような暖かさに僕はそっと手を握り返す。 人間を嫌いでいないと、頭の片隅でそう考えてもこの暖かさに抗えない。 「雪路くん、せっかくならハグしようか? そっちの方が全身温まるでしょ」 いつもの僕なら絶対に嫌がっていた。 人間に抱きしめられるなんてヤラレル時でさえごめんだと言うのに。 なのにその甘い響きに誘われるまま俺は男に抱きつく。 僕の冷えた体が暖かさに包まれる。 どれだけ布団にくるまろうが、温かい飲み物を飲もうが温まることのない僕の体が。 あまりの温かさと心地よさに目から雫が流れ落ちる。 僕の体が溶けてしまってもいいから、いつまでもこうしていたいなんて思ってしまうほどに僕は満たされていく。 ―――――――――― 「あの、本当にごめん。 服、よだれつけて、やっぱ弁償するんで」 「いいです、いいですって! 気にしないでください、ホテル代も払ってもらいましたし。 顔色も良くなってますし全然気にしないで大丈夫ですよ」 そう笑う男に申し訳なさが襲いかかってくる。 実際にはよだれではないが濡らしてしまったのが顔から火が出そうになる。 どうにかして僕の恥を払拭したい、ううんと考えていると男がいいことを思いついたかのように笑顔で俺の手を握りしめる。 「あの、だったらまた今度も会ってくれませんか? ぼくはケガをさせるのは好きじゃないんですけどケガの手当が好きなんですよ。 お、おかしな性癖なので付き合ってくれる人なんて……いや、そもそも普通のケガ人なら病院いきますし。 雪路くんのようにいっぱいケガしてる人なんてそうそういなんですよ。 お願いします!」 手を握られながら言われて反射的にうん、と答えてしまった。 「ありがとうございます! それじゃあ連絡先交換しませんか?」 勢いに押されるまま連絡先を交換し男と別れる。 スマホに目を落とす。 量産型人間、ではなく『優斗(ゆうと)』さんのアイコンが目に入る。 優斗さんの顔を見ているとまた体がじんわりと温まるような気がする。 人間は嫌いでいなくちゃいけないと思っているのに。 かすかに残った優斗さん温もりを逃さないようにぎゅっと抱きしめる。

ともだちにシェアしよう!