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カイ

 斎東が「な、珍しいだろ」 といって、うつむいていた男の頭を右手でつかんで私に向ける。  なにがだ。 …ああ。男に私ののことを話していたのだろう。斎東はにやにやしている。男は困ったような笑顔で、いえ、とだけいい、またうつむいて苦しそうに咳をした。  斎東が珍しいといったのは私の目だ。私は普通の人間と違う。目の色がおかしいのだ。  右目が薄い栗色で、左目は藍のような、碧のような、とにかく黒色や栗色ではない。  先祖に天狗がいたのだとか。うちの家系ではたまに生まれるらしかった。  もともとつり目の三白眼なので、近くから見ないとわからないらしいが、とにかくこれのおかげで昔から奇異や好奇の目にさらされてきた。私にとってはあまりありがたい代物ではない。人間嫌いを自称する所以(ゆえん)でもある。  今でこそわざわざ近くまで来てのぞきこむような(やから)はいないが、斎東は別。  この若い男に、「珍しいものを見せる」などといって、わざわざここまで連れてきたのだ。 (きせるでなぐってやろうか。)  斎東を睨みつける。  男は私と目が合っても、慌ててそらしたり、じっくり凝視するようなことはしなかった。  私のにも、睨みをきかせた三白眼にも動じない。  世俗的な鹿ではないのだろう。 「斎東。」  アゴを振って「ちょっと来い」という意思表示をする。斎東はいたずらっぽく笑って、私に従った。  男をそのまま楼門の下で待たせ、斎東の傘に入って、社殿の階段まで進む。  進みながら、にやにやしている斎東のほうから「カイという名前でな」とか、「体が弱くてうちの山では使えない」 とか簡単にいってきて、あげく、「まあー、そういうことだから頼む」 などといってきた。  やっぱり。あのカイとかいう男は、おそらく男娼だったのだ。きれいなので斎東が気に入って身請けしたのだろう。どうりで色白で体力が無い。  もとからうちで囲うつもりで彼を連れてきたのだ。  「逃がすな」ということは、カイとやらはまだ完全に斎東の手中に落ちたわけではないのだろう。  「見せるな」とは、カイを隠しておけ、ということだ。ワケ有りなのか、単に独占欲が強いのか。  「手を出すな」?知るか。  上がり口まで来たので斎東から離れ、さきほどの紙を袖から出し斎東につき返す。  つとめて冷静な小声で「うちには置かないぞ」 といった。  斎東はまた顔だ。でも今回のは白々しい。  あれを飾る場所などないからな、と付け加えると、斎東はそこでうけて吹き出した。 「やっぱりいいな、お前。」  こいつ、本気で押し付ける気だな。だんだんと腹が立ってきた。 「斎東、あれはだめだ。ものをいわない仏像ならまだしも、あれは人間だぞ?私がどんなに人間嫌いなのか知っているだろうがお前ふざけるな!」  冷静なつもりだったが最後は早口になった。  斎東は、私が珍しく取り乱した様子がおかしいのかくすくす笑って、 「いいじゃないか。ここには空き部屋もたくさんあるから、好きな部屋に飾ってくれよ。着替えや食料はあとで持ってこさせるから。」 などという。  睨みつけると、斎東も笑うのをやめ、睨み返してきた。  こうなると斎東という男は面倒だ。面倒な男に面倒なことを頼まれた。勝つ気など無いが斎東をまだ睨んでいると、門のほうで音がした。  カイが、門のそばのキキョウの花に埋もれるようにうずくまっている。立ちくらみか。斎東はそれを見て、またふふっと笑った。  楼門に引き返した斎東はカイを抱え起こし、まだへばっているところをやはり引きずるようにしてまたこちらにやって来た。  上がり口の階段の一番下に、ゆっくりカイを座らせる。 「カイ。お前、そんなんじゃ山を降りられないだろうから、体力が回復するまでここにいさせてもらえ。また明日にでも様子を見に来るから。」  あまりにわざとらしい。ここに囲うつもりのくせに。  だがカイは真に受けた。斎東がそういうと、カイはてっきり斎東といっしょに帰るつもりだったようで、え、と驚いていって、やおら立ち上がった。  そして、また立ちくらみ。 「おいおい。」  斎東が、ひっくり返りそうになるカイの体を嬉しそうに腕にかき抱いて支えてやる。やれやれこんなのがうちに置いていかれるのか。おもわず深いため息がもれる。  カイは、斎東の腕から逃れるように上がり口の柱に身を寄せ、「大丈夫です大丈夫です」 と繰り返して、そっと斎東の体を押して離した。そして少しこちらをうかがう。探っているのだろう。私が安全な人間かどうかを。  わざとらしい作り笑いを浮かべると、それに安心したようにカイはふっと笑った。きれいな顔だ。  斎東は、そんな私たちの様子を見比べて、なぜかまたふふっと笑う。 「んじゃ、よ、ろ、し、く、な。」 振り返って、傘をとって、帰っていこうとする。  カイは支えにしていた上がり口の柱から体を離し、斎東に向かって、 「ありがとうございました。」  と、深々と一礼した。斎東はちょっとこちらを見て、また、ふふっと笑った。 ----------→つづく

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