6 / 22
獲物
「ん…うっ」
斎東がさらに強くカイを引き寄せたので、カイの体はついに完全に宙に浮いた。斎東がカイの舌を楽しんでいる音が、ここまで聞こえてくる。長い斎東の舌を思いだす。
理性の人間は、ここでも本能の人間への反撃を躊躇するらしい。
今、斎東の舌を咬んで反撃することもできるのに、それがとっさにできない。
彼の頭の中では、いまだ無意識に争いを回避しようとする理性が働いているのか。(たしかに体格差から見ても争って勝てる相手ではなさそうなので、それは賢明な判断でもあるのだが。)
もっとも、ただ単に、突然の驚きと恐怖で体が固まっているだけなのかもしれなかった。
「はっ」
ようやく口を離してもらい、カイが苦しそうに息を吐いた。
突っぱねていた手はまた斎東の着物をつかんでいるし、足は人形のように力無くぶら下がっている。
とにかく呼吸に集中してたいのだ。
斎東は、そのままカイを持ち上げるようにして、舌を首筋に這わせている。
「あ、くっ」
のど仏を斎東のくちびると舌でからかわれたことで、カイはようやく我に返ったのか、弾けるように手を上げて、まずは斎東の舌をさえぎって押しのけた。
頭を振り、体をねじって、斎東の腕から逃れることに成功した。
着地が乱れたもののよろけながらも後ろに下がり、床の間の柱にあたると背中を支えてなんとか立った。
きれいな顔は、怒っていてもきれいだ。
斎東を睨みつけ、威嚇しようというのか。残念ながら、斎東もたぶん見とれているはずだ。
さあ、次はどうする?
カイが背にした床の間からの、左手は壁。右手は、カイが立てかけた屏風、その向こうは閉められた障子。文長机という障害物もある。
奥の障子は開いたまま縁側に繋がっているが、その前に斎東が立ちはだかる。
何度か息をして、突然カイは左手に向けて駆け出した。すり抜けるつもりか。
「くっ…」
ほら捕まった。
腕を伸ばした斎東に絡め取られるようにして、カイは簡単に捕まり、しかも勢いよく背中から投げられた。布団に叩きつけられる寸前、着物がはだけて白い肌が見える。
一瞬息が止まったのか、カイは背中を丸めて咳き込みはじめた。
斎東の手が伸び、カイの着物の腰帯をほどく。
斎東が立ったまま腰帯を引っ張るので、カイは布団のうえで二度ほど回転した。
慌ててまた、床の間へ。今度は這って移動する。
なかなかおもしろい見世物だ。笑いをこらえながら、酒を持ってくればよかった、などと考える。
カイが振り向くと、着物は完全にはだけた。白く透明な肌が、ろうそくのうす灯りに浮かびあがる。
きれいな体をしている。
斎東の視線に気付いたのか、カイは座りなおして急いで着物の前を合わせた。
「斎東さまどうかお止めください!」
左手で着物を押さえたまま右手を前に突き出し、近寄ろうとする斎東を早口で制する。
手も、声も、震えている。
ここからは見えないが、カイに少しずつ近づく斎東の顔には笑みが浮かんでいるに違いない。獲物を追い詰め、いよいよ手をかける刹那の興奮と優越心。カイにとっては鬼のように見えていることだろう。
カイはついに手をそろえ、畳に頭をついた。
「斉藤さま!どうか!私には、やらねばならないことがあるのです!そのまえに身をけがすわけには…」
カイがそこまでいったとき、斎東はまったく耳を貸さないふうでそろえられたカイの両手を腕ごと引き寄せた。
目を見開くカイに目もくれず、手にしていた腰帯をカイの両手首に巻きつける。
「あ」
いっぽうを床の間の柱の後ろに通し、結わえ付ける。
はずみでひっくり返ったカイは、手の自由をあっけなく奪われた。
カイが逃げ出せなくなったので、斎東は落ち着いて自分の腰帯をほどき始めた。
着物も脱ぎ、カイを見たまま壁のほうに投げ、それはちょうど私のいる飾り窓の下に落ちた。着物が壁に当たったとき、斎東の匂いがふっとここまで漂ってきた。
斎東は、首から下げていた小さな巾着も革紐ごと取ってこちらへ投げた。
その間にカイは柱に向き直り、必死で腰帯をほどこうとしていたが、斎東はカイの左の足首を持って引っ張り、カイを布団のうえに乱暴に伸ばした。
「や…」
カイの肩を掴んであおむけにし、そのまま覆いかぶさる。
「いやだ!」
「あきらめろ。足も縛るぞ。」
斎東は、それでも足を暴れさせているカイの、まずは右足に乗るようにして体の上にのしかかり、カイの目を大きな左手で覆って押さえつけた。右手で太ももを押さえ、そのまま滑り込ませる。
「うあ…!」
いきなり指を挿入されたようだ。斎東の体の下から伸びたカイの細い左足が、一瞬びくんと持ち上がり、布団のうえに落ちて、震えながら、敷布を伸ばすようにして模様を作る。
「大丈夫だ、もっと力を抜け。な?」
いやに優しい声で斎東が囁いている。
カイは、頭を振って手をはらおうとしているが、斎東が手で包むようにして頭を握っているので、うまく動かせすらしない。
「…あ、クっ… …!」
斎東は、舌を首へ、胸へと這わせた。胸の突起を楽しんでから、カイの目から手を離し、さらに下へ、下へと、味わうようにカイの体に舌をすべらす。
観念したのか、それとも動転しているのか、カイはおとなしくなった。
ただ、体は細かく震え、目は天井を睨んで、歯を食いしばっている。
声を上げるのをこらえているのだ。斎東の舌は、今や、カイの下腹部を刺激している。まだ指は挿入されたまま。今、暴れて体を動かすと、自分の感情とは裏腹の声が上がってしまう。
でも、だからといって、今のままでも…
「…ん、…く、ぅ」
カイは、斎東からの刺激に耐えようとしてせつなそうにぎゅっと目をつぶった。それからもぞもぞと動き始めた。
頭を振り、のけぞり、床の間の柱のほうへ逃れようと腰帯をひっぱってみたり、腰をねじろうとしたりしている。
それをいちいち斎東に制され、さらに執拗に攻められ、思わず小さく声を押し殺す様子は、たまらなくいじらしい。斎東もかわいくて仕方ないだろう。
-----------→つづく
ともだちにシェアしよう!