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けがれ

 雑炊を椀にうつし、ぬかづけと一緒に膳に並べてできるだけ静かに客間へ運ぶ。  いったん膝をつき、音を立てないようにして障子を開けると、カイはまだ布団のなかだった。しかし散らかっていた腰帯が無くなっているところをみると、一度起きて布団の中にたぐりよせたのだろう。  おそらく布団の中で昨夜の恐怖に震えている。暗くてわかりづらいが、布団がかすかに動いているようにみえる。顔がにやつくのを手で抑えてから、やたら優しい声を出してみた。 「カイさま、朝です。」  カイははっと布団から顔を出した。案の定、目が真っ赤だ。  心配そうなふうで「どうかしましたか?大丈夫ですか?」 などといってみる。 「…いえ、すみません。寝過ごしまして…」  そういってカイは身を起こそうとし、うっ、と顔をしかめた。昨夜の無理な性交のせいで腰を痛めているのだろう。 「具合が悪そうですね。膳を運びましたので、よければこちらでお召し上がりください。」  布団のそばまで行き、膳を差し出す。カイは、今度はゆっくりと起き上がり、敷布団のうえに正座して膳を見下ろした。  そのままじっとしている。食欲が無いようだ。当然か。  木さじをとって雑炊をすくい、「ひとくちだけでも」 といってカイの顔に近づける。  カイは、少しいぶかりながらも小さく会釈して、私の手に自分の手を添えて雑炊をすすった。  微笑ましいと感じて見ていたら、カイの手のひらが異様に熱いことに気づき、思わずもう片方の手を伸ばしてカイの額にあてる。  と、熱を感じとる間もなく、カイが素早く私の手をはらった。  目が明らかに私を警戒していた。  お前に危害を加えたのは私ではなく斎東なのに。神経が過敏になっているのだろう。軽く触れられただけで、この反応。  脳裏に一瞬、カイをこのまま布団に押しつけて、めちゃくちゃにしてやりたいという強い衝動が生まれる。  しかし私もの人間なので、ここは密かにこらえておく。  小さな動物に対するように、なるべくゆるやかな動作でさじを椀に戻し、静かな声で、「少し、熱があるのではないですか?」 と話しかけた。  その問いかけには答えず、カイは、自分の過敏さを恥じたのか、小さな声で、すみません、とだけいった。  いったん席を立ち、下熱薬と斎東が寄越した着替えを持って戻る。  カイは正座を崩さず、雑炊と向き合ったまま。 「下熱薬です。雑炊を召し上がったら、飲むといいですよ。それから、」  着替えを差し出す。 「斎東からの差し入れです。」  斎東、というところで、カイは少し震えた。観察していて飽きない。 「浴衣のようなので、着替えをして、また少しお休みになるといい。」  カイは赤い目をちらっと浴衣にやり、やはり消えいりそうな声で「ありがとうございます」 といった。  障子のところまで歩いて、振り返る。 「そうだ、風呂の用意もしてあります。お休みになる前にいかがですか?風呂場は、厠の横です。」  ひと呼吸おく。 「…身が“けがされた”気がして、気分が良くないでしょう?」  カイは、はっとこちらを見た。その反応を見て、そのまま障子を閉める。  私はどうしてこう性格が悪いのか。かわいいものを見るとやたらといじめたくなるのは、昔からの性分なのだ。たぶんこれは、斎東も同じだと思う。  歩み去ったと見せかけ、隣の客間にそっと入って様子をうかがう。  もしカイが逃げ出そうとしたら、引っ張って連れ戻し、今度こそ布団に押しつけてやろう。風呂場で体を洗ってやりながら行為にふけるのもいいかもしれない。そんな、理性のかけらもないよこしまな考えを頭のなかに走らせながら、ひとりにやにやしていると、そう時間も置かずに奥の客間の障子が開く音がした。  カイの細い影が、障子ごしにゆっくりと目の前を横切る。熱があるからなのか、それとも、よほど腰をやったのか。その動きは緩慢で、このぶんだと逃げ出す様子はなさそうだ。(残念ながら。)  カイが風呂場に入るのを耳で確認してから、奥の客間に行く。  雑炊にはほとんど口がつけられていない。薬もそのままだ。  人参のぬかづけをひとつ口に放り込んで噛み砕きながら、文長机の下を見る。  昨晩カイが書いていたのは、私と斎東あての手紙だった。ご好意に感謝、だとか、所要でやむを得ず、だとかいったことが丁寧な字で書き連ねてあり、とにかく彼は、今朝早くにでもここから出て行くつもりだったようだ。  それにしても、どこへ?  斎東にもてあそばれてからの決意ならわかるが、ここへ来てからずっと、彼はどこかへ行きたがっている。  そういえば昨日は下駄履きで現れた。  馴れない山道を、下駄で?と一瞬思った気がするが、男娼のすることと思いなおして流していた。下駄は、斎東に草履を隠されたかしてカイに支給されたのだろう。下駄では旅は続けられないので、斎東は、逃がさないようにカイにあえて下駄を履かせてここへ連れてきたのだ。  彼は逃げられないことに気付いていなかったのだろうか?それとも、承知のうえで、裸足ででも山を降り、向かいたい場所があったのか?あんな軽装で、なんの荷も持たずに、カイはどこへ行きたかったというのか。 ――身のけがれ  彼はきっと、自分のがけがれることを恐れているのではないだろうか。  けがれる前に、しなければならないこととは。 …たとえば、あだ討ち、とか。 --------------→つづく

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