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金平糖

 縁側で煙を吐きながら、雨雲からしたたり落ちる雨と、その向こうにあるあじさいを見ていた。  廊下がかすかにきしむ音がして、目線を移すとカイがいる。  カイは、客間の前にまだ私がいることを少し不快に感じたようで、こちらをうかがうように立っていた。その姿に思わず目をみはる。  白に近い、淡い薄紫の浴衣には、藤の花があしらわれている。カイの透明な肌に似合うだろうと斎東が選んだものだろう。紺の、かすりの入った腰帯も、カイの細い体の線を際立たせている。濡れたくせっ毛からしたたった雫が、一、二滴、細い肩に落ちる。  風呂上りの彼の肌は軽く上気していて、淡い桃色をひいたようだった。  浴衣のそでからのぞいた手の甲には血管が浮き出ていて、まるで浮き彫り細工を施した陶器のようだ。乳白色の足もまた同じ。今にも割れてしまいそうな薄い皮膚のすぐ下を、青い血管が幾筋も這っている。 …なんという美しい生物だろう。  このはかなげな美しい男を、透明な容器のなかに詰め、なんとか斎東に見せる術はないものか。…またくだらないことを考えている。 「…あじさいが見事でしょう。」  それだけいって、あじさいを見た。  カイは廊下をゆっくりこちらへと歩いてきて、私の横にすっと座った。ふわりといい匂いがする。  何かいうかと思ったが、特に何もいわないので、こんぺいとうが入った巾着を差し出す。 「おひとつどうぞ。」  袋の口を開けてみせる。  ほら、というように軽く巾着を揺さぶってさらに前に出すと、ようやくカイは袋からこんぺいとうをひとつ取り、口に含んだ。 「斎東からです。」  カイが身を硬くしたのがわかる。つくづく、いじめがいのある男だ。  しばらく、あじさいを見つめるカイを横目で眺めた。表情は無く、長いまつげを時々しばたかせる。  さあさあいう雨音にまじって、カイが口の中でこんぺいとうをゆっくりと転がす音がときおり聞こえた。溶けたこんぺいとうを飲み込むたびに、白いのど仏が上下するのがくっきりとわかる。  斎東は本当に美しいものが好きだ。  私も美しいものは好きだが、斎東のこだわりは尋常ではない。  たとえばマキチが、境内のキキョウの花のツボミを指で押し潰して割り、音が出るのを面白がっているのを斎東が見つけたとき、直後、斎東は、いきなりマキチの顔を殴った。マキチの前歯が欠けたのはそのせいだ。  斎東は美しいものを壊す者に容赦がない。  そういえばいつかの、社殿に仏像を組み立てて帰ったあの仏師は、その後斎東が屋敷に置いて新たな作品が作れるよう不自由ない暮らしをさせていたらしいが、ある朝、頭をナタで割られて死んでいるのが見つかった。  仏師が酒と女に溺れて仏像を作らないから、斎東が怒って殺したのだ。マキチが青い顔でいっていた。  死体を見つけた人間が斎東に報告に行くと、当然のように「俺が殺した。片付けとけ」 といったそうだ。斎東は美しいもの以外には容赦がないのだった。そんなことをぼうっと考える。  カイはこんぺいとうを最後まで噛まずに舐めた。  私がどこにも行かないので居心地が悪いのらしく、カイはつぶやくように「もう少し、寝ています」 といい、奥の客間に移った。  私は、「あじさいが見えるように障子を開けておきましょう」 といって立ってから、「少し汚れていたようだったので、敷布も新しくしました」 などと、昨夜の情事を思い出させるような余計なひとことをいってみた。カイは何の反応も見せず、あおむけになって布団にもぐってしまった。  カイの反応が無いので私はなんだかいじめ足りなく思い、こんぺいとうをひとつ口に含んでから、布団の上から身動きを封じるようにカイに覆いかぶさった。  驚いて目を見開くカイの顔に近づいて、口づてにこんぺいとうを入れる。  布団が動いて持ち上がろうとするのを押さえ込み、ついでに両手でカイの頭を掴むようにして、さらに舌を入れる。  昨夜の斎東みたいだ。今日はこんぺいとう付き。  カイの舌は薄くて、甘い。やはり少し熱がある。 「…ん…っ」  カイは苦しそうに声をもらした。私の舌を咬めばいいものを、そうしないのは、抵抗する体力が無いのか、よほど人がいいのか。  調子にのって音を立てて舐めた。時々、カイの口のなかで、こんぺいとうが軽く鳴った。  しばらくそうしていたら、ふぅっとカイから力が抜けた。  さっきまで押し戻そうとしていた舌の動きも静かになる。カイは目も閉じてしまった。  口を離し、カイを見つめる。  眉間にしわを寄せているカイの長いまつげを見ていると、なぜか、カイをもっと苦しめたい、そう思ってしまう。やはり、そのせつなそうな顔をかわいいと感じてしまうからだろう。  左手でカイの髪を撫でながら、耳元に口を寄せた。 「どこへ行こうとしていたのですか…“加佐井(かさい)さま”」  直後のカイの反応はなかなかよかった。  びくっと体を震わせ、目を開けると同時にものすごい力で私を押しのけ、半身を起こすと一気に布団から床の間まで退いて柱で背中をうった。  浴衣がはだけているのもそのままに、小さくなったこんぺいとうを吐き出し、口をぬぐって、こちらをすごい形相で睨んでいる。 「…お行儀が悪いですよ、加佐井さま」  からかうようにいって、自分でおかしくて思わず吹き出してしまった。私は本当に意地が悪い。  急に運動したので体がびっくりしたのか、カイは口を腕で押さえたまま激しくむせた。  きっと頭の中は動揺でぐるぐると転げまわっているに違いない。笑いを抑えながらカイに近づく。  カイは咳き込みながらさらに退いて床の間に上がり、床の間の壁と私とに挟まれる格好になった。その様子がかわいくて仕方ないので、私はさらに意地悪をいう。 「兄君から逃げて来られたのでしょう?ここにいれば安全なのに、どこへ行くおつもりだったのですか。」 -----------------→つづく

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