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告白

 ここでカイの様子が変わった。  飛び掛ってくるか逃げ出そうとするかと思っていたのに、目が急に落ち着きを取り戻し、おや、と思って見ていたら、カイは口角をかすかに上げ、うつむいて肩を震わせ始めた。  笑っているのだった。  似合わないな、と思って見ていて、すぐに気付く。  まさか、この男。  実の父と母を殺し、弟妹までもを手にかけ、気がふれて消息をたったという若い侍の噂。  てっきりカイは、兄に殺されそうになったところを必死で逃げ延びてきた弟なのだ、と、私は考えていた。あだ討ちとは、その兄を殺すことだと。  カイが低い声を出した。 「……私が、生きのびるために、ここまで、逃げてきたと?」  カイはついに声を上げて笑い始めた。気付くと雨音が強くなってきていて、部屋は薄暗く、そのなかで白い美しい男が笑っている光景はなんだか現実味が無く、この世のものとは思えない。 「…では、死ぬおつもりだったのですか?」  カイは笑うのを止め、私を睨んだ。  目が充血している。 「『だった』?今でも死ぬつもりです。父のようにではなく、最もみじめでむごい死を、私は迎えなければならないのです!」  何かを告白してくるのだ。私は待った。 「父は私たちに、武士の魂のままで死ねと命じ、自害しました。介錯をしたのは私です。ですが、生まれつき体が弱かった私は剣の修行が充分でなく、だから、父の首に何度も刃を入れなければならなかった。父は苦しんで死にました。  その後、母と一緒に、逃げ回る幼い弟と妹を押さえつけて刀を入れました。さきほどまで私の枕の周りで遊んでいた、まだ幼い弟は、目を開いたまま亡骸になりました…… ……私は、最後に、母の自害を手伝い、それらをすべて、父のむくろの横に並べました。…そして、自分の首に刀を、入れようとして、気付いたのです… …このまま、こんな私が、武士として、死ぬことなど、許されないと」  血まみれになって暗い部屋で立ち尽くすカイを思った。 「髪を切り、刀を捨て、そのまま暗い森に入りました。海に入水しようとも考えたのですが、その程度の死ではいけないと思いました。こんな私の死骸を浜辺にさらすのもいやでした。生きたまま野犬に喰われ、骨も残さず、存在自体消してしまいたかった。そうして山の奥へ、もっと奥へと…なのに」  斎東に見つかったのだ。よく無事だったものだ。山をいくつ越えたのか。  カイはまた、くっ、くっ、と泣くように笑い始めた。  ひとりごとのようにつぶやく。 「野犬に喰われるよりもっとみじめだ…。私にふさわしい。ここで死ぬのが当然の運命なのだ…。どうせ私はもう長くない。」  こらえられなくなったのか、笑いながら、頬に幾筋も涙を伝わせていた。  私は何もいわず、そのままカイを抱いた。なぐさめるつもりなどではなく、その顔が、あまりにも美しかったから。  カイは抵抗もせず、ときおり泣き声とも笑い声ともつかない声をかすかにあげて、私のされるがままになっていた。  行為が終わり、すでに意識をなくしているカイの細い背中を抱き寄せ、その汗ばんだ髪に顔をうずめて、考える。  カイが、自分の意志でここから出て行くことはないだろう。  風呂での沐浴のあと、身のけがれとやらをおとしたカイは、そのまま逃げて、望みどおりに死ぬことも出来たはずだ。客間に戻ってきたのは、律儀にも文長机の下の手紙を仕上げていきたかったから、では、ないだろう。  ここにいることを、自分への贖罪として課すことを決意したのだ。  呼吸のたびに静かに動くカイの肌をなでながら、このことを斎東にいうべきか、迷う。  加佐井の話はしておくべきだ。いや、斎東のことだから、すでに知っているのかもしれない。  しかし、必要以上のことはいうまい。いったところで、なんになるというのか。  カイの覚悟など、斎東には無意味だろう。 …そう。どうでもいいことだ。私も少し眠るとしよう。  そういえば、加佐井の長男は鬼にとりつかれたのだ、などという下衆な噂話もあった。  カイは鬼。  斎東は鬼の子。  なんだか妙な感じだ。そんなことを考えながらぼうっと外を見やる。  縁側の向こうにあるあじさいに、雨が激しくあたっている。 ----------------→つづく

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