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箱庭

 斎東は、カイが意識を失って動かなくなると、すでに着物を羽織って煙草をふかしている私のほうに寄って来て、いまだしつこく求めてきた。  二度とするなといったばかりじゃなかったか。お前、わかったといったろう。  口でおさめてやるからといったが聞かないので、仕方なく斎東を受け入れてやる。  斎東はまったく手を抜かず、壁に押し付けられるようにして、しっかり二回もやられた。  一回目の途中で、あまりに荒く動かすからつい「やめろ」などと小さくつぶやいたのがいけなかった。斎東をさらに刺激してしまった。  二回目の最中に、斎東から「お前、興奮すると目が紫がかるよな」、といわれる。  知っている。昔、お前に教えてもらったことだ。体が慣れたのか、あの頃より斎東の体は不快ではない。斎東の頭を引き寄せ、舌を求めて舐めあった。  いつの間に寝ていたのか、気づくとカイの顔がすぐそばにあった。カイはすうすう寝息を立てている。目隠しは外されているが、手かせの腰帯は結び直されていた。悪い夢でも見ているのか、ときおり眉間にしわをよせて苦しそうな顔をする。  まつげの上にのっている涙がきれいだと思い、触ろうと手を伸ばすと、起きてたのか、と後ろからいわれる。  寝返りをうつようにしてゆっくり振り向くと、斎東が布団の脇にあぐらをかいて座っていた。  濡れたままの自分の着物を羽織っている。酒瓶を持って来ていて、ひとりで呑んでいたのらしい。先ほどまでひどい目にあわされていたというのに、私はやはり斎東の顔に見とれてしまう。  お前はいつ寝てるんだ、そう聞こうとして、はだけた胸元から革紐と巾着が見えたので、そっちを尋ねることにする。 「胸のそれ、何を入れていたんだったか。」   寝たまま軽く指さすと、斎東は下を向いて、「ああこれ。練り香」 といった。  首から、いくつかの数珠で飾られた革紐ごと巾着を取って私によこす。開けると、白い陶器の小瓶が入っていた。わざわざ斎東の家の家紋が入っていて、これも特注品なのだとわかる。  嗅ぐと確かに斎東の匂いがした。この匂い、 「昔は大嫌いだったんだ。」  斎東は、えっそうなのかと素直にいってすぐ、じゃ今は?と聞いてきた。 「今は、」  好きだ。  すぐにそう答えようとしたが、その言葉を口にすると、なぜか斎東に負けるような気がしたので、少しだまる。  別に斎東のことをいうわけではないのに。  変な間が出来た。妙に耳が熱くなる。なんだかまずい。 「今は、私も欲しいかな。」  とってつけたように、ようやくそれだけいった。 「そうなのか?」  斎東は私の動揺に気づかない。 「じゃあ、新品を買ってきてやるよ。」  鈍感なやつ。  小瓶を巾着に戻し、革紐をつかんで、少し乱暴に斎東へ向かって投げ返す。革紐がきれかかっているところがある。 「そこ、切れかかってるぞ。」 「お前がさっき引っ張ったんだよ。」 「私が?」 「抵抗したいんなら後ろに引けばおれも苦しいのに、お前はいつもやたら前に引っ張るから、そこばかり擦れる。」  ああ、そうだったか。まったく記憶に無い。  なんだかとたんに気恥ずかしくなった。喋っている相手が着物を着ている場合は、特に。裸のほうの人間は、なんだか勝手に辱められているような気分になるものだ。 「なあ、私の着物取ってくれないか。」  斎東が首に巾着を戻しながら、にやっと笑って、恥ずかしいのか?という。また、正解。  だが「カイが風邪を引く」 といってごまかす。  斎東は、 「そうだな。こいつ、熱があるんじゃないのか?」 などと独り言のようにいって立ち上がり、布団の下方に斎東が投げ捨てたはずの私の着物に向かって歩き出した。  その間にうつ伏せになって這い上がり、斎東の杯を取って残っていた酒を口に入れる。  もう一杯つごうとして、右手を酒瓶に伸ばしたついでに、壁の、丸くくりぬかれた飾り窓をちらっと見る。  押入れの私と目が合う。  などと、ふと薄気味悪い考えがよぎったが、竹の格子で飾られた細工の向こうには漆黒の闇がじっと漂っているだけだった。  背中に着物を落とされて我に返る。  と、斎東の長い腕が私を着物ごと引き寄せるので、なにごとかと振り向くと、そのまま斎東に絡め取られた。  杯を持ったまま、カイを挟んで斎東と向き合う形になる。  カイは急に窮屈になったので、震えながら息を吐いたが、起きる気配はない。  今度はなんだ。というより。 「お前、びしょびしょのままカイに巻き付くな。熱が上がったらどうする。」  斎東は答えず、ふふっと笑って、さらにぎゅっと私たちをかかえ込んだ。杯が布団から転がり落ちる。さすがに苦しくなり文句をいおうとすると、斎東が口を開いた。 「お前らはおれのものだ。」 (お前?)  斎東はまた同じことをいった。 「お前らは、おれのものなんだから、おれの許し無しに、好き勝手に死のうなんて思うなよ。」  そんなの私にいうな。カイにいえ、カイに。憮然としていると、斎東はまたふふっと笑う。それから腕をはずして起き上がり、そのまま部屋を去った。  カイの背中に手をまわすと、斎東のせいでやはり着物が濡れている。  布団を掛け直さなければ。だが起きるのが少し面倒なので、とりあえず横になったまま、カイを見る。  カイが私の黒い着物を羽織っている。  斎東は、カイには白い着物しかよこしていないから、黒い着物をまとったカイは少し新鮮だ。  そういえば斎東は、私の着物には黒地か紺地といった、濃色のものしか持って来ないな、と思った。それも斎東の趣味なのだろうか。  環境を斎東の思い通りに整えられ、そのなかで生きている私やカイを思うと、なんだかまるで、箱庭のなかで斎東に育てられているような心持ちになる。自分が犬や猫になったような気さえしてくる。ばかばかしい考えだが。  カイの頬の針金に触れてみた。斎東は本当におそろしい男なのだったと、あらためて思い出す。  そして、カイの寝顔を見ながら、私も昔はそうだったのだ、と思った。  斎東に組み敷かれるたびに、震えるほどに怒ったり、おびえたり。首の巾着に興味などいく余裕もなかった。  大嫌いだったのだ。あの匂いも。あの男も。 ――でも、今は。 --------------→つづく

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