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望み
それから二日ほどは愉快に暮らせた。
私はカイの身の回りの世話をよくした。
手が不自由なカイの代わりに、食事を食べさせたり、体を拭いてあげたり。
ほかにやることもないから、集中して世話をした。
食事はきちんと時間どおり与える。
口に金具が入っているので、与えるのは、咀嚼しなくてもよいおもゆや、斎東が差し入れてくれた蜂蜜など。
カイは機嫌が悪いので、なかなか口を開けてくれなかったり、吐き出そうとしたりする。
仕方なく無理やり口をこじ開けて流し込んだり、飲み込ませたりした。カイはむせたり、涙を流したりしていたが、その姿も愛らしい。
私があまりに粘り強いので、二日目の昼あたりからは、いくら抵抗しても無駄だということにようやくカイも気づいたのか、私の膝のうえで、おもゆや蜂蜜をむせないように気をつけて自力で飲み込むようになった。
そうなると、その様子もかわいらしかった。
斎東が着物を破いてしまい、カイは布団を乗せているだけの格好で寝ていた。おかげで着物を脱がす手間もなく、体中をきれいに拭くことが出来た。
ただ手は繋がれていて手袋もそのままだったので、そこだけがどうしても拭けず、きれい好きの私としては少しおしい。
とにかくカイは夜じゅう斎東の遊び道具にされているから、昼の間にきれいにしておきたかった。
何より、カイは感じやすいので、敏感なところをわざとからかいながら拭くと、反応が面白い。やはりいやがって、体をねじったりして逃れようとするのだが、分は私に充分だ。
カイは、加佐井家の長男としてよほど大切に育てられたのだろう。ひとと戦う術をほとんど持たない。
私や、まして斎東のように、喧嘩ばかりしてきた実践の人間に対して勝ち目など無い。おまけにさるぐつわや手かせまでついている。
それなのに、暴れたりわめいたりして必死に反抗してくるカイは、私たちにとってかわいくてしかたのない存在となった。
どうしようもなくかわいいので、そのぶんつい意地悪をしてしまう。
カイは、そんな私たちにあっけなく組み敷かれてもけして従順な態度はとらなかった。武士の意地というものだろうか。カイにとっては悪循環だ。結局はいいようにもてあそばれ、意識がとぶまでむさぼられる。
このまま、このかわいいカイが、ずっと私たちの手元にいてくれればいい。
いつかカイの心が折れて、三人で、楽しく愉快に暮らせれば。
人間嫌いの私らしからない、そういうことまでぼんやりと考えるようになっていた。
三日も過ぎると、さすがにカイもぐったりとし、やがて何をされても抵抗できなくなった。
愉快に過ごせたこの二日間を思うと、少し拍子の抜けた気分になる。
いい加減斎東をとがめるべきか。だが、自分の手の届くところにいるこの衰弱した美しい男を、もう少し眺めていたい気もする。
それにしてもカイは本当に我慢強い。
抵抗する体力の無くなった今ですら、媚びることなどありえないといった、感情が抜け落ちたような目で薄く天井を見つめている。
起きているのか眠っているのかわからないので、目のうえに手をかざして振ってみると、潤んだ黒目がその動きを追おうと反射的に動いた。
途端にたまらなくなり、そのまま手を下ろして目を覆ってしまう。
長いまつげが手のひらに触れて震えるように動くのがわかる。
そうっと顔を近づけて、目を覆ったままカイの横に寝そべり、手を上げると、カイと目があった。
頬を触って顔をこちらに向ける。
「…命乞いをされてはいかがですか。斎東も、そうして欲しいんですよ。」
すると、カイが口を動かして囁こうとする。
何かいいたいらしい。
ここにいたってのカイの言葉は興味深い。「もうやめてください」「どうか助けてください」、いや、「命乞いなどごめんだ」。なんでもいい。
なにより私は、カイのあの澄んだ声がむしょうに聞きたくなった。
そろそろいいんじゃないのか。せめて私だけのカイの間は、装着されたさるぐつわを取ってやることにしよう。
勝手に決めて、カイの頭を自分のひざのうえに置き、金具を丁寧に取り外す。
思っていたより複雑な構造だったので、少し手間取る。再び取り付けるのは難しいだろう。
斎東が怒って私を殴るかもしれないが、まあ別にかまわない。
(ほら、すっきりしたでしょう。)
カイの体を引き寄せ、顔に耳を近づける。
カイは何度か息をして、やっと言葉を漏らした。
「…ころして、ください…」
かすれた声だった。
予想外の言葉だったので、さすがに少しひるむ。
自害できないカイは、自分の贖罪についてもう充分だと思っているのだ。
「…私にはあなたを殺せません。あなたとちがって、ひとを殺したことなど無いから。自分で斎東にいいなさい。」
袖から巾着を取り出し、こんぺいとうを一粒とってカイの口のなかに落とす。絶望しきったカイは、目じりから涙の筋を這わせて、私の腕の中でそれを舐めた。
-----------→つづく
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