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加佐井とカイ

 はっとしてカイの顔を見る。意識はない。 「この木に祈っていたそうだ。早く死なせて欲しいと。ようやく口が利けるようになったから、だと?馬鹿め。」  斎東は声色を抑えているが、怒りは充分に伝わってくる。カイを見ながら、私はそっと唾をのんだ。 「…それで、どうするんだ。」  やっと声が出た。 「酒を用意しろ。」  斎東はそれだけいって、雨の中を庭へ向かって歩いていった。  斎東が去ると、私は深く息を吸い、金縛りをとくかのように頭を数回軽く振った。渡り廊下に上がり、傘を閉じ、そこでようやく息を吐いた。  とても美しく、しかし、同じくらいおそろしい夢を見たあとのような心地がして、寒気がした。カイが始めてうちに来た日、並んで楠木を見た、あのときと同じ浮遊感。ここは、本当にこの世ではないのかもしれない。  酒瓶を持ち、居間から客間に向かおうとしていて途中で呼び止められる。斎東は風呂場にいた。  石畳のうえにすのこが敷かれ、そのうえに白い敷布が伸ばされていて、カイはそこに横向きに寝かされていた。意識はまだないようだ。  斎東は、手かせをいったん外して付け替えたらしい。腕が後ろに回っている。 「頭と胴を持ってろ。」  酒瓶を開けながら斎東がいうので、いわれたとおりにカイの体を抱きかかえるようにして起こし、左手で額を、右手でカイの腰を引き寄せる。熱が高い。こいつ、大丈夫か。  斎東はカイの顎を持ち、顔を上に向けると、酒瓶の酒をカイの口いっぱいに一気に流し込んだ。 「…ごぼっ…」  当然、カイは跳ねるように体を反らし、そして激しくむせ始めた。二人がかりで押さえつける。  斎東はカイが静かになるまでしばらく待って、「おい」と声を掛けた。  押さえつけていたカイの頭が声に反応し、反射的に斎東のほうへ向く。意識が戻った。  カイはまだ呼吸がままならず、ときおり咳を繰り返した。  斎東はカイを睨みつけたまま話し始めた。 「お前、殺して欲しいんだな?」  私からは直接は見えなかったが、カイの顔は斎東の大きく見開かれた瞳孔に映っていて、様子はなんとなくわかった。カイはいまだ喋ることは出来ず、ただ、斎東の問いは理解したようで、頭をぐっと縦に振った。 「よし。なら、よく聞け。いいか、今からおれは、“加佐井”を殺す。」 (加佐井?)  斎東はゆっくりと続けた。 「お前は今から、加佐井を捨てて、カイとして生きるんだ。」  激しく呼吸をしながら、斎東の目の中のカイもまた、斎東を睨んでいる。お前は何を始める気だ、または、お前が何をしても無駄だ、そういう強い、いい目だった。  斎東は立ち上がり、袖から布で巻かれた柄を出した。が始まるのだ。布を落とし、柄をカイに見せる。 「これは、刀だ。」  私は手に力を込めた。カイの頭を肩に押し付け、固定する。  斎東は、柄を両手で持って構え、まだ息が荒いカイの口に向かって、突き刺すように繰り出した。 「うぅ…ぐ…!?」  予期しない事態だったようで、カイは柄をまんまとくわえ込まされた。  激しく反発を始めるので、仕方なく私は膝を立て、頭を押さえていた左手を滑らせるようにして腕全体でカイの頭を引き寄せる。右手でさらに頭を上から押さえて、柄をしっかりと噛ませた。  斎東は右手で柄を握ったまま、左手で着物をはだけさせた。  カイは、ようやく理解したらしい。  自分がどのような辱めを受けるのかを。 「ゥ…アァ!」  体全体で抵抗を始めるが頭だけは動かすことができない。足を暴れさせても同じだった。斎東が近づく。 「…!」  私だったらとてもできないが、斎東はそれをやった。  咬みちぎられるのではないかとこちらがひやひやする。しかし、柄は頑丈に出来ているらしい。斎東はゆっくりと、カイの自覚を促すかのようにそれをカイの口にふくませてゆく。  カイは震え始めた。激昂しているのだ。 「加佐井、舌を動かせ。」  斎東が淡々と命じる。 「どうした。加佐井。舌だ。主人にご奉仕しろ。」  カイはしばらく頭を後ろに、右にと引こうとしていたが、私が力を抜かずにいたので、やがて静かになった。そして――  斎東のそれを、舌で舐め始めた。  斎東は、それを確認すると、私に左手で合図した。  私は静かに力を抜いたが、カイはもう逃げなかった。  斎東は、立てていた柄もひねって倒すと、ゆっくりカイの口から抜いてしまった。私はまたひやりとしたが、カイはもう咬もうとはしないことを、斎東はわかっているようだった。  カイは斎東のものを口にいれたまま、舌を動かし続けた。雨が風呂場の屋根を強く叩く音だけが響いた。  斎東は本当にだけを殺してしまったのか。  ここにいるのは、ただの。  そうだとすれば、斎東は本物の鬼だ。  そんなことが普通の人間に出来るはずなど無い。  しばらくカイは斎東のものを口に入れていたが、当然やり方もわかっていないので、そのうち斎東のほうから動いてカイの口から離れた。  カイはがっくりとうなだれて、動かなくなった。  斎東はかがんで、カイの頭を「よしよし」というふうに撫で、私を見て袖から鍵を出し渡してきた。手かせをはずしてかまわない、という意味だろう。  手かせをはずしても、カイは人形のように放心したままだったが、やがて斎東が自分で勃たせたそれをカイの足の間に押し込み始めると、うめきだし、もがき始めた。  自由になった手で斎東を押しのけようとしたり、少し伸びた爪を立てたりし始める。  私の胸の中で、斎東に反発しようとする細い体が、斎東の動きに同調させられて波打つように動いていた。 「カイ。」  呼びかけると、歯をくいしばったカイが上を向いた。私と目が合う。  睨んでいる。いい目だ。  だが、なのだろうか。  斎東を見ると斎東も私を見て、腰を動かしながらにやっと笑い、カイを持ち上げるようにして私に近づいて、私の舌を舐めた。私と斎東の間で、苦しそうにカイがうめき、果てた。 「加佐井は死んだのか?」  カイを客間に寝かしつけたあと、私は斎東にきいてみた。  斎東は、きょとんとした顔で、 「まさか。あれはただの儀式だ。」 といって、笑った。  私はやはり斎東をわかってなどいない。わかることなど、一生できないだろう。 ----------------→つづく

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