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幸福と絶望

 斎東にカイを一晩見張れといわれたので、面倒だが一晩カイの寝顔を見て過ごすと、翌朝斎東は、マキチに頼まず珍しく自分で荷物を客間まで持ってきた。  荷物の中から、新しい手かせを二つ取り出す。  手ぬぐいを巻き、ひとつをまだ眠っているカイの左手首につけると、私の左腕も引っ張るので、まさかと思っていたがもうひとつを私の手首につけた。黒い鎖で繋がっている。抗議すると手かせの鍵をよこしてきて、邪魔なときは床の間の柱につけろ、という。 「カイがまた逃げ出す面倒を回避するためだ。」  私はカイの番人というわけだ。斎東はそのまま帰ったが、しばらくして目覚めたカイは愕然としていた。  この屋敷からも、私からも逃れることができない。  斎東には抗議したものの、よくよく考えるとこの状況は私にとっても楽しいものだ。  斎東のいったことはやはり正しく、カイが斎東のそれをくわえたのはあの晩一度きりで、その後二度とカイはをしなかった。  刀の柄が出てきただけで激しく暴れて、それすらも拒んだ。  私と斎東は、カイがまた“元気になった”ことを歓迎し、今まで以上に代わるがわる“愛情”をそそいだ。  意識を失いぐったりとしたカイを胸に抱いた斎東が、カイの頬を撫でながら「鼻の形が好きだ」といえば、私は「軽く開いた唇の薄さもよい」という。  斎東が、腰のまわりについた華奢な筋肉のありようを褒めれば、私は、華奢な鎖骨のあたりもいいといって擦る。  そうしてしばらく、ふたりでカイを眺めながら夜を更かしたりした。  斎東に託された荷物を持ったマキチは毎朝のようにやって来て、荷物のほかに、山で採れたというすももの実や、新鮮な川魚をもってきては嬉しそうに差し出す。  わずかなこんぺいとうと引き換えになにもそこまで、と思っていたら、マキチは本当に斎東の母親を気づかっているのらしい。  鬼子母神さまの具合はいいのか、とか、今日は鬼子母神さまはお風呂はいいのか、などと心配そうにきいてくる。マキチは本当にいい人間なのだ。  毎日だとさすがに申し訳ないので、二日おきくらいに風呂を沸かしてもらった。  カイは風呂が気に入っているようで、風呂場にだけは自分からすすんでよろよろ歩くのだ。  もちろん、風呂に入れない日は私が自らカイの体を拭いてあげるので、それがいやでたまらないのだから、「自分で風呂に入ることができる」ということを彼は喜んでいるのだった。  だが、風呂場にも鎖で繋がれた私は入ってくるので、つねに油断ならない様子で、疎ましいといった表情を遠慮なくぶつけて私を睨んでくる。その様子があまりにかわいいと、私もつい手を出さずにはいられない。  一度カイと遊んでいたら、カイが湯船で溺れかけて、ひやりとした。斎東に話して二人で笑った。  カイの口が自由になったので、私はいろいろなものをカイに食べさせてやった。  斎東が差し入れる食料を調理したり、マキチがとってきてくれた川魚を焼きほぐして雑炊に入れたりして与えた。  カイに食事を与えるのは楽しいので、つい無理強いをしてしまう。あまりにひどく拒むと、斎東にいって、二人で押さえつけて食べさせた。カイにとっては迷惑このうえないだろうが、これでカイが餓死する心配はない。  ものを食べれば当然厠に行きたくなるだろうと、いやがるカイをひっぱって連れて行き、“手伝ってやる”こともする。斎東は、さすがにおれはできない、と呆れていたが、私は「きょとん」としてやった。  愉快な日々が続いた。  季節は夏にかわろうとしていた。  昼には蝉がわんわんと鳴き始め、夕暮れにはヒグラシがまた雨を降らす。  今年は本当に雨が多い。  その夜、蚊帳(かや)のなかのカイはいつになくぐったりとしていて、私にも斎東にも歯向かわなかった。また拍子抜けしたような気分になる。 「おい、どうした。いいのか?」  斎東はおどけていって、例の刀の柄を取り出すとカイのそばに膝をついた。  すると、カイは身を起こし、自らすすんで斎東のそれを口に入れた。  斎東が私を見る。私は何もしむけてないが。  カイは音を立てて舐め始めた。  私は、ついにカイの心がのか、と一瞬考えた。  だが、甘かった。  やがて斎東のそれが反応し始めると、鎖を引きずったまますがるように斎東の体にそって伸び上がり、カイは斎東に告げた。 「…今日はなんでもしますから…明日には殺してください……」  斎東の顔色が、さっと変わる。  低い声で「じゃあ死ね」 といって、カイの体を激しく攻め始めた。  私の左腕の手かせがときおり引っ張られる。  カイは、最初は我慢しているが、やがて絶叫して失神する。すると斎東は、私に酒を持ってくるようにいい、それをまたカイの口や鼻に入れ、むりやりカイを起こして、また攻めた。  何度も繰り返すので、本当に死ぬかもしれないと思ったが、その夜の、あまりにおそろしく、そして美しい、二人のけだものの姿に、私は見とれてしまうのだった。  斎東が疲れて動けなくなるまで、その光景は繰り返された。  斎東は、美しいものを壊そうとするものを、けして許さない。  翌朝、カイは自分がまだ生きていることを自覚すると、顔を覆って泣き始めた。  そしてカイは私の腕をつかみ、泣きながら、「風呂に入れてください」 と訴えた。  その「けがれ」は、“沐浴”くらいでは落ちないだろうに。 ------------------------→つづく

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