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-After Film- 3.汲々(R)

 建て付けの悪い木造の扉を開けると、今朝、リオが出て行ったままの散らかった部屋に出迎えられた。  狭くて息苦しいのに、自分の部屋なんかよりもずっと親しみのある風景だ。  冷たい床、強度が弱くて幅狭のパイプベッド、隙間風。  裸電球の灯りがゆらゆらと揺れる下、木製の椅子に無造作に掛けられている白いシャツをそっと拾い上げた。今朝、グレンが脱いだものだろう。冷気のせいですっかり冷たくなったシャツに、吸い寄せられるように顔を埋める。  ひんやりとした感触が、風呂上がりで火照る頬に気持ちいい。すう、と鼻から息を吸い込んで、体内に取り込んでゆくグレンの残り香。 「⋯⋯ん、⋯⋯」  シャツを抱き締めるようにして、どさりとベッドへ倒れ込む。途端に、壁に染み込む煙草の匂いや、昨晩の情事を受け止めたシーツの残滓を孕んだ空気がふわりと舞い上がった。  しまった、シーツを洗い場に出すのをすっかり忘れていた。ここは使用人の棟にあるグレンの部屋なのだから、そういうことは自分でしなければいけなかったのに。  昨晩二人が吐き出した精が白いシーツにところどころ染みになっていて、穢らわしいことこの上ない。けれど、今晩だけはこの匂いの中で眠りにつくのも悪くない、と思ってしまった。  この部屋の中にいると、グレンの存在を感じる。ぎゅうっとシャツを抱き締めて、目を瞑る。部屋の中は寒々としているのに、自分の部屋にいた時よりも心が安らかだった。  でも、足りない。  しなやかな指で柔く髪を撫でて欲しい、ざらざらした声を耳の中に吹き込んで欲しい。背中を抱いて欲しい。  今朝はあんなふうに言ってしまったけど、本当はもっと素直になりたかった。言われたとおりにあの体にマーキングしておけばよかった。誰のものにもならないで、と伝えたかった。それから、何より聞かせて欲しかった。 「僕を好きだって……」  グレンのいない夜がこんなにも寂しいなんて。それほどまでに、心ごとグレンに奪われている事実を彼のいない空間でありありと思い知る。 「……グレン……、」  彼のシャツを鼻に押し当てながら、片方の手でもぞもぞと下肢をまさぐった。ガウンの紐がはらりとほどけて、掛け合わせていた布がだらしなく左右に開かれる。  指先でそろりとペニスに触れると、緩やかに立ち昇る性感と鼻腔の奥に入ってくるシャツの匂いが体の中で繋がって、まるでグレンにそこを撫でられているようで、無意識に腰が揺れてしまった。 「っ……、んっ、」  以前は取り憑かれたように自慰ばかりしていたというのに、グレンとセックスするようになってからはその機会もなくなった。久しぶりの自身の手の感触に戸惑いながらも、しっかりと感度を拾い上げて硬くなっていくペニスをぬくぬくと扱く。 「は、っ……ぁ、」  漏れ出る声をグレンのシャツに閉じ込める。あっという間に完勃ちになったペニスは先走りのせいで濡れそぼり、手を上下に動かすたびにぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てた。快感の雫がとろとろと流れ落ちて、汚れたシーツにさらなるシミを使っていく。明日こそ洗濯しないと、と脳裏によぎるものの、それよりも今は目の前にある快楽を追いかけることに忙しい。  指で作った輪っかで硬い幹を擦り上げれば、快感が小刻みになって下腹部に押し寄せてきて、射精感が一気に高まる。時に裏筋を親指で掠めるとびりびりとした刺激に身震いして、きゅうっと背中を丸めた。  グレンの大きな手のひらが恋しい。リオの精液をすべて受け取められるくらいの、大きな手が。あの巧みな手ならば、もっと深くまで快感を極めてくれるのに。 「グ……レン……」  尻の穴がひくんと疼く。  たまらなくなって、ベッドの上から書斎机に手を伸ばした。リオがこの部屋へ入り浸るようになってから、一番上の引き出しに香油を入れているからだ。取り出した小瓶の蓋を手早く開けて、指全体にたらたらと油を垂らしていく。 「んぅっ……、」  ぬめる指で背中側から尻の穴に触れると、そこが息をするようにひくんと開いたのが分かった。そおっと指を滑らせて、陰嚢とアナルを結ぶ中心のふにふにしたところを指先で擽るとじれったい疼きが走り抜けて、思わず足を閉じて両膝を擦り合わせた。  グレンに教え込まれた、リオの性感帯のひとつだ。ここに唾液をたっぷりとまぶされて、唇で揉むように食まれながら前立腺を指で刺激されると、いつもぐずぐずになって喘いでしまう。  あの蕩けるほどの快感が欲しい。自分の手で同じようにしても、グレンがしてくれる時のような絶頂が訪れないことは分かっている。分かっているのに、この行為を止められないくらいには寂しくてたまらない。 「ふ、……っ、ぁ、……」  入り口を弱い力でくるくると揉むと、グレンの感覚が残っているそこはまだ柔らかかった。初めて自分で触った時よりも随分とふにゅふにゅしていて、感触が良い。それだけ、グレンをここに受け入れてきたのだと自覚する胸が切なく疼いた。  昨晩は挿入前に舌で長時間ほぐされて、そのあとたっぷりと交わった。今すぐ昨日に戻りたい気持ちを堪えながら、にゅる、と指先を挿し入れる。 「っ……、」  指に伝わるのは、ほこほこした肉の生温かさ。粘膜が二本の指に絡みついて、ぴたりと吸着してくる。  いつもここでグレンの熱いものを包んでいるのだと実感すると、途端に羞恥が込み上げてきた。心音がとくんと鼓動を打てば、それに呼応するように内側の襞がひくひくと蠢いて、自分の体なのにまるで制御を離れている器官がたまらなくいやらしいものに感じる。  ゆるゆると指を動かしながら、シャツを抱き締めている方の手を胸元に運ぶ。乾いた指でしっとりした乳頭をぷるんと弾くと、感じやすい乳首はすぐにぴんと尖った。 「う、ぁっ……、」  舐めて欲しい。グレンの舌で、胸もとろとろにされたい。強く吸われながら舌先で転がされて、歯の表面を撫で付けられたい。と、心が訴えたときにはもう、香油を手繰り寄せてその中に指を漬けていた。  そっと目を瞑り、深く息をする。  グレンの残り香を体内に取り込んだと当時、香油にてらてらと光る指の腹で乳首をぬるりと撫でた。 「ん、っ……ぁあっ!」  ぶわりと性感が粟立つ。ぬるぬるした指先の感触がグレンの舌を連想させて、まるで本当に舐められているようで。  同時に尻のナカに挿れている指で浅いところを擦り上げて、甘やかな快感に身を委ねる。 「ぁっ……あっ、んっ」  平らな胸の中心では桃色の乳首がぷっくりと腫れ上がっていて、くにくにと押し潰すように捏ねるほどに受け取る感度が極まっていく。  気持ちいい。気持ちいい。でも、足りない。  この体ひとつだけでは、どうしたって届かない。二人でなければ。  汗ばむ肌に肌を密着させたい。強引に組み敷かれて、だめと言っても奥深くまで何度も貫かれたい。 「んぁぁっ……、グレンっ……」  ぐりりと前立腺を抉ったとき、切なさが弾けるかのように快感が内側から押し上げてきた。同時、胸元にあった手を下半身に滑らせて素早くペニスを扱く。 「はっ、ぁっ……ぁっ……!」  ぴゅるう、と細い曲線を描いて放たれた白濁がシーツに溶け込んでいく。二日分の精を受け止めたシーツの上、はぁはぁと息を乱しながら脱力しきって目を閉じた。  全身を包んでいく絶頂感。けれど、いつものように長引く甘ったるさは欠片もなくて。  たしかに快感を感じているのに、満足しない。胸がときめかない。燃えていないし、萌えていない。白昼夢から醒めたような感じがして、どちらかというと侘しい。  のろのろと瞼を開け、香油まみれの手を目前で眺めた。  一体、何をしているんだろう。  グレンで抜くのは初めてではないのに、どうしてこんなにも虚しいのだろう。  ここにグレンが居てくれたら。  リオの心に足りないものを、ぜんぶ埋めてくれるはずなのに。 「グレン……はやく帰ってきてよ……」  ほろりと零れた本音はグレンに届くこともなく、真夜中の隙間風が掻き消していった。

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