5 / 10

-After Film- 5.陶酔(R)

 忍び慣れた狭い部屋。  たった十日でグレンの余香がほとんど消えてしまって、シーツを洗濯に出したことを後悔した。せめてもの慰めとしてグレンのシャツに袖を通し、冬の風の匂いが染み込んだ冷たいシーツに体を埋める。   瓶の蓋を開けるとふわりと漂う芳しい花の蜜のような香りは、魔女によると性感を昂らせる作用があるらしいのだが、リオには逆効果だったかもしれない。大好きなグレンの匂いが、きつい香料に塗り替えられてしまうからだ。  枕元に置いた張り形を見つめる。  こんなものを体内に挿入するなんて、おぞましくてたまらない。のに、数日前、自分の指でした時の半端な快感のことを思い出すと不埒な欲が理性を唆してくる。  たった一度、試してみるだけ。それでもしも具合が良ければ、寂しい時に使うだけだ。  膝を立てて四つん這いになる。以前の密撮でグレンに指示された時のように胸をシーツに伏せて尻を突き出し、リオよりもツーサイズ大きなシャツの裾を背中の中間あたりまで捲り上げた。  下着を下ろし、色のついた瓶から中指に油を垂らして尻の間にそっと這わせる。ふっくらと皺の膨らんだ入り口をゆるゆると揉めば、中指はつぷりと内側に飲み込まれてゆく。 「⋯⋯ん、⋯⋯」  いつもグレンのものを受け入れる前に、彼がそうしてくれるように。狭くて温かい肉をかき分けて、優しく拡げるように指を動かす。  このあとに張り形をここへ挿れるのだと考えれば、いつもよりも入念にほぐさないといけない。そうでなければ、いきなりこんなに硬く大きな張り形に耐え切れずに、きっと穴が裂ける。グレンがいつもここをしつこいくらいにほぐしてくれる理由を、今知る事ができた。  しばらくそうして、指が三本入るようになった頃、ゆっくりと引き抜いて入り口を撫でた。呼吸に合わせてひくひくと蠢く入り口はぽっかりと空洞になっていて、妙にリアルな体の変化に今更ながらドキドキしてしまう。  卑猥な形をした張り形にたっぷりと油を塗りつけて、恐る恐る下半身に近付けていく。 『想像するのよ、あなたの大好きな相手のことをね』  深く息をして目を瞑り、魔女に言われたことを思い出す。  数日前にそうしたように、グレンに触れられている自分を思い描いた。  ざらついた声、キスをする時に顔にかかる黒い髪、体を割り開いてゆく、熱い肉。  張り形の先端をぴとりと当てると無機質な温度に一瞬戸惑ったけれど、柔らかくなった窄まりはすんなりと異物を招き入れた。 「あ⋯⋯、ぅっ⋯⋯、」  下腹部の圧迫感は、初めてグレンのペニスを受け入れたときの感覚に似ている。亀頭がこりこりに張り出していて、腹の内側をこそぐような質量で。同じくらい太くて硬いものが体内に入っているのだと思うと、粘膜が張り形に絡みついていくのを感じた。  ――リオのナカ、すっげぇ柔らかい。  グレンの声が耳の奥で聞こえる。途端に、体の芯に火種のような熱が生まれた。躊躇う手が張り形を引き抜こうとすると、吸着していた粘膜がくぽ、と卑猥な音を立てるから、このはしたない行為を責められているようで。理性と本能がぐちゃぐちゃになって、体の中に渦巻いてゆく。  ――ほら、俺のちんこ、上手に奥まで咥えて?  これはグレンの体の一部。グレンの肉。  硬い張り形を締め付ける粘膜が、腹の奥を疼かせる。  無機質な感触が慣れない。けれど、この穴で気持ちよくなれることをグレンに幾度となく教え込まれた体は、内側でじんじんと疼く異物の刺激でさえもゆっくりと快感に変換してしまう。 「っ⋯⋯、はぁ、あっ⋯⋯んっ」  静かに息を吐きながら更にずぷりと沈めて、ついに持ち手部分を残して全長を体内に挿入してしまっていた。  じわりと生え際に汗が滲む。触れてもいない性器は半勃ちになって、洗ったばかりのシーツに透明なシミを作る。  信じられない、あんなにもおぞましい物の全長を自ら挿入するなんて。もう一度引き抜こうとすると、腸内を引き摺られるような感覚がグレンとのセックスを連想させて、確かな快感がぞくぞくぞくと背筋を駆けた。 「は、っ⋯⋯ぁぁ、!」  無意識に性器を握りこんだ。快感の波が押し寄せるたびに腰をうねらせて、張り形をゆっくりと出し入れさせながらペニスを扱く。硬い淫具の先で内側のしこりを擦ると、ふつふつと燃える熱が染み入るように腹の中に広がって、扱きが速くなっていく。 「んぁぁ⋯⋯っぁ、」  淫具で感じ入るなんて。こんなの、あり得ないのに。  大げさに腰を揺らして、その反動で乳首がシーツに擦れるのすら気持ちいい。穴の浅いところを小刻みに刺激するように上下に出し入れして、快感が喉元まで溢れ出そうになったら一番奥までずぷりと埋め込む。そうしながら手で亀頭を激しく扱いて、敏感な乳首をシーツにぐりりと擦りつけた。  グレンがいつもあちこちの性感帯を一度に責め立てるから、調教された体は次第に極まり、尻の中で感じ取る刺激はもう快感の色をしていた。 「はぁっ⋯⋯ぁ、んっ⋯⋯」  きしきしとベッドが揺れる。セックスをしている時、いつも聞こえてくるか弱い音だ。今はリオしか乗せていないのに、まるでグレンとセックスしている時と同じ音を立てて軋むベッドが、この身に熱い夜の記憶を甦らせてゆく。 「ぁ、ぁっ⋯⋯!んっ⋯⋯」  ぎゅっと目を瞑りながら、彼とのセックスを思い描く。  熱い息を耳の中に吹きかけられて、濡れた唇で喉仏や臍や足の付け根にキスをされて。グレンのせいでもっと感じやすくなった乳首は巧みな舌先に転がされて、器用な指に脇腹をなぞられて。猛々しいペニスに直腸内を容赦なく擦られている自分を、脳内で想像した。 「グレン⋯⋯、あ、ぁあっ⋯⋯」  油をたっぷりと纏った張り形を激しく動かすほどに、じゅぷじゅぷと卑猥な音が部屋に響く。摩擦で腸壁が熱くなってきて、だんだんと張り形の異物感が薄れてゆく。  今、尻穴に出たり入ったりしているのはグレンのペニスだ。グレンに体内を激しく掘削されている。  ――リオ、気持ちいいか?  グレンの声。性感を震わせるような甘く低い声だ。あの声で責められると快感の神経が何倍も敏感になって、全身が性感帯のようになってしまう。  張り形で前立腺を掠めると、震えるような快感の予感に襲われて思わずペニスを扱く手を止めた。  気持ちいい。まるでグレンにそこを執拗に突かれているような、あの快感。 「は、ぁっ⋯⋯グレ⋯⋯ン⋯⋯っ!」  ごりゅごりゅと内部の肉を抉る。  思い出していく記憶と現実の刺激が重なって、快感が電流のように全身を走り抜けた。  グレンに触れられている。グレンに責められている。グレンと、セックスしている――! 「んぁぁっ⋯⋯!グレン、もっと⋯⋯もっとぉ⋯⋯!」  一心不乱に腰を振り、淫具を尻穴で咥えて喘ぐ。ぞっとするような現実は押し寄せてくる快感によって、夢を見ているような快楽に塗り替えられてゆく。  もうイキたい。このまま射精したい。  グレンとセックスしているのだという甘い錯覚に酔いしれながら、ベッドの上で一人へこへこと腰を振り続ける。 「ぁ、あっ⋯⋯!んぅ、ぁあっ⋯⋯!イク⋯⋯っ!」  前立腺を抉りながら深く突き挿した刹那、快感に耐えられなくなった膝から力が抜けて、シーツの上に崩れ落ちた。絶頂を迎えた体は痙攣して、奥深くまで張り形を突っ込んだ尻穴がくぽくぽと開閉を繰り返す。 「は、っ、⋯⋯ぁ、あっ⋯⋯」  深いドライオーガズム。性器は勃起したまま、きゅうきゅうと収縮する粘膜が張り形を捉えて、ただ挿入しているだけなのに腸壁が快感を受け取り続けている。体全体がびくんびくんと波打つのを止められてなくて、快感が隅々まで染み渡っていくのをゆっくりと享受した。  もっと欲しい。もっと強く擦られたい。グレンにそうされるみたいに、全身の性感帯をいたぶられたい。それから強く抱き締めて、呆れるくらいに好きと言いたい。  だけど。  淫具なんかで自分を慰めるリオのことを、グレンは愛してくれるのだろうか。自分が浅ましくはしたないことなどとうに知っていたけど、闇市場のこんな代物に溺れるようなことは、これまで無かった。 「はぁ⋯⋯、は⋯⋯、ん⋯⋯」  うつ伏せのまま、くたりとベッドに身を預ける。  グレンに抱かれる妄想をした後は、決まって疲労と罪悪感に襲われてしまう。けれど、今のリオは自分を慰める方法をこれしか知らない。  きっとグレンが帰って来れば、こんな陰鬱とした気分はさっさと消えてくれるだろうに。 「グレン⋯⋯はやく⋯⋯はやく、帰ってきて⋯⋯」  シーツに顔を埋めたまま呻く。体はまだ快感を拾い続けていて、意思に反してひくひくと小刻みに跳ねている。 「グレ⋯⋯ン⋯⋯」  瞬間、ひゅうっと冷たい風が部屋を通った。  絶頂の余韻に脳内がぼやぁ、と霞む中、意識の片隅で聞こえたのは建て付けの悪い木造の扉が擦れる音と―― 「⋯⋯リオ?」  待ち望んでいた男の声だった。

ともだちにシェアしよう!