2 / 3
中編
男は夢を見ていた。
いつだったか、大熊なんて呼ばれてた大男がまだ盗賊団にいた頃。
ゼフィアがそいつに話していたのを聞いたことがある。
ずっと昔、大恋愛の末に、駆け落ちをしたのだと。
貧しくとも、幸せな日々だったと。
けれど、愛した女性は、ある日、あいつの下で肉塊へと姿を変えていたらしい。
あいつの暴力は、気持ちが昂るほどに酷くなる。
それも無理のない話だと、俺は寝たふりをしたまま聞いていた。
人より肌の色が濃い俺達の一族は、生まれつき体が強靭にできていた。
骨も太く折れにくかったし、多少の傷ならすぐ治る。
そんなところが、あいつには都合が良かったんだろう。
国が焼け、着の身着のまま逃げ出した俺は、あの頃、まだほんのガキで、一人で生きる術を持たなかった。
あいつは、それを余るほどに持っていたが、その分、心が酷く欠けていた。
愛してると囁かれながら、肉を裂かれる。
口元で笑うあの男の、縋り付くような眼差しが嫌だった。
だから、最中は顔を見ないようにしていた。
時々、あいつの乱暴で意識を飛ばしてしまうことがあった。
目を覚ませば、いつも、あいつが泣きそうな顔で俺を見ていた。
あの時だってそうだ。
盗賊の里が魔物に襲われた日……。
腕を千切られ頭を打って、血まみれだった俺を、騎士達の合間を縫って助けたのはあいつだった。
失血が酷く、俺は何日も眠っていたらしい。
目覚めた俺が最初に見たのは、やはり、あいつの泣き顔だった。
どれだけ俺の側に張り付いていたのか。
頰が痩け、目が窪む程に。
良かった良かったと大喜びした癖に、あいつはその夜も動けない俺を殴りつけた。
俺がいつか死んでしまうのではないかと、不安で仕方ないくせに、あいつは俺を傷付けることをやめられない。
…………本当に、どうしようもない男だった……。
泣き疲れて眠ったカースをベッドに残し、リンデルは分厚いカーテンの端を持ち上げると窓の外をうかがった。
外の雪はおさまりつつある。
まだ真夜中ではあったが、カースは眠っているし、これ以上いても同じ事なら、少しでも早く帰ってやる方が、あの心配性の従者が安心して眠れるだろう。
そう判断して、リンデルは宿へ戻る事にする。
カーテンを戻すと、知らず、ため息が漏れた。
他の男を想って泣くカースを慰めることで、リンデルの心は擦り減っていた。
正直、これ以上ここにいたら、カースに酷い事を言ってしまうかも知れない。
内心そんな焦りもあった。
男を起こさぬよう、そっと扉を開ける。
が、木製の扉はギギィと派手に軋んだ音を立てた。
「……ゼフィア?」
背にかけられた小さな声に、リンデルは動きを止めた。
それは、掠れた声だった。
泣いたせいか、寝起きだからかも知れない。
けれどそれは、リンデルが未だかつて聞いたこともない、とても甘い、甘えた声だった。
開けた扉を速やかに閉じると、リンデルはベッドに蹲るカースにのしかかる。
ベッドが軋むと、背を丸めたままこちらを見ない男の、うっすら開いた瞳に恐怖と期待が滲んだ。
こんな……。こんな、カースの表情は見たことがなかった。
まだ半分ほどは夢の中なのか、泣き過ぎて腫れた瞼をとろりと瞬かせているが、それでも、今から行われる行為を、彼は拒否する気がない。
嫌だ嫌だと言っていたのは、口だけだったのだろうか。
それとも、嫌だったのは傷付けられる事だけで、ゼフィアに犯されること自体は、嫌ではなかったと……。
リンデルの心の奥が、ぐらぐらと熱く暗く沸き立ってゆく。
それに応えるように、体中に熱が広がる。
それでも、頭の片隅だけは酷く冷えていた。
黙ったまま、男の服をもう一度剥ぐ。
カースは一向にこちらを見ようとしない。
ただ、息を潜めて、与えられるはずの暴力への恐怖と、快楽への期待に震えている。
その姿に、青年の中に渦巻いた熱が、欲へと変わってゆくのを感じる。
青年が、背を向けている男の後孔へ指を這わせると、腰が僅かに浮いた。
指先で撫でれば、そこは既に、ふっくらと期待に膨らんでいた。
そんな……。
そんなはずでは…………なかった。
こんな事実は、……知りたくなかった。
……なのに……。
自ら、暴いてしまった……。
こんなに……。
こんなに、ゼフィアが好きだったなら、悲しくないわけがないじゃないか……。
青年は、信じたくない思いを抱えたまま、ゆるりとそこへ侵入した。
男が一瞬びくりと肩を震わせる。
リンデルは、目を伏せると、その肩に口付けを落とした。
ゆるゆると中を解しながら一本、また一本と指を増やす。
声は上げずとも、カースの息が色付いてゆくのを感じる。
いつもカースがそうしてくれたように、優しく内側を撫でるように擦っていると、男が不安げにこちらを見た。
ああ、きっと、彼の知るゼフィアはこんな風に優しく彼を触ったことが無かったのだろう。
その不安そうな、気遣う視線だけで、リンデルはそう理解した。
「リ……っ。リン、デル……っ!?」
視界に金色の青年を収めたカースの顔が、見る間に青ざめる。
「お前っ……ど……っ」
次の瞬間、自身がどうなっているのかを知る。
「……っ何、してるんだ……」
男の驚愕が軽蔑へと変わる。
信じていた者に裏切られたような、そんな悲しみと憎しみの篭った視線をまっすぐ受け止めて、リンデルは口角だけを上げて答える。
「……何だと、思う?」
どこか自嘲を含んだ言葉とともに、青年は背を丸めた男に覆い被さる。
ぎしりとベッドが軋んで、カースの内側がきゅっと締まる。
そこでやっと、青年はこの音にカースが反応していた事に気付いた。
音だけで感じてしまうほどに、ここで、彼は繰り返しあの男に抱かれていた……。
青年は、目の前にあった男の耳をかじる。
「……っ!」
びくりと肩を揺らした男の中を、リンデルはかき混ぜる。
「や、め……っ!」
耳たぶへ優しく歯を立てながら、男の耳の中へと舌を差し込む。
水音を立てながら奥まで蹂躙し、首筋へと舌を這わせる頃には、男の頬はすっかり朱に染まっていた。
「カース、ここ、触って欲しかったんだね?」
「違っ……っっぅ……っ」
真っ赤になって、こんなに感じているのに、じわりと涙を浮かべ否定する男の悔しそうな顔が、たまらなく愛しくて。
でも、それをいつも見ていたのは俺じゃなくて……。
思わず、青年の指先に力が入る。
ぐりっと奥を突かれて、カースが短く鳴いた。
その声があまりに甘くて、リンデルはごくりと喉を鳴らす。
「こんな……可愛い声を、ゼフィアにいつも聞かせてたの?」
耳元で囁かれて、男がびくりと体を揺らす。
「ぁ……違……っ、ん……っ」
リンデルは、いつもカースがしてくれるように、カースの感じるところを探る。
手前を丹念に押してゆくと、ふっくらと膨らんだそれが、男が一際跳ねる部分が見つかる。
「ぅあっ!」
そこを指先で押さえつつ、全体を揺らす。
必死で声を殺そうとする男から、息と共に滲み出る嬌声に、青年は夢中になった。
「くぅ……ぅ、んっぅぅぅんんっっ!!!」
背を丸めて必死に堪える男が、息を詰め、ビクビクと激しく痙攣する。
ぎゅうっと千切れそうなほどに指を締め上げられて、青年は男が達したことを知った。
「カース……指だけで、イっちゃったの?」
「……っ」
男はこちらを見ようとしない。
「……本当は、ゼフィアにされて、嬉しかったんでしょ?」
嫉妬が、もうリンデルには抑えられなかった。
まだ時折痙攣しつつも、きゅうきゅうと締め付けてくる男の中を、また青年がかき混ぜる。
「や……っ、リンデル、や、め……っっ」
男が悔しさと恥ずかしさから唇を強く噛む。
唇が裂けて血の味が口の中に広がる。
これは、あの男が与える味だった。
どくんと男の体が脈打ち、燃えるような熱を感じる。
「っあ、あああっ」
「カース、気持ちいいんだね……」
「あっ、リン、デル……っ、や、ぁ……っっ」
男にとって守るべき存在だったはずの青年に責められ、さらには感じていると指摘され、男は恥辱に塗れたまま、喘ぐ他なかった。
動く方の手は体の下に敷かれている。体で押し返そうにも、鍛え上げられたリンデルの体は重く、ビクともしない。
その間も、青年の長い指は男の中を蹂躙し続ける。
「ぅ……、くっ……、んっ、んんんんっ」
「嫌じゃ無いよね? カースの中、こんなにどろどろだもの」
リンデルが、ずるりと抜き取った指を男に見せる。
「……っ、やめ、ろ……」
男は、肩で息を継ぎながらも、顔を顰めて視線を逸らした。
あの男は気分屋で、前戯もなければ指を濡らすこともなく突っ込んでくることも多かった。
体液をなるべくたくさん分泌することは、自身を守るために自分の体が覚えた事だ。
「………………俺が、嫌なの?」
ぽつりと零された青年の言葉が、あまりに弱々しくて、男はハッと青年を見上げる。
その頬には涙が一筋伝っていた。
「ゼフィアはいいのに、俺はダメ……?」
言葉とともに、涙がもう一雫溢れる。
「そうじゃ、なくて……」
男は上がった息の合間から、何とか答える。
「俺は……俺はいつだって、カースだけなのに……。
カースは、俺だけじゃ、足りないの……?」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、青年が訴える。
「そんな事……」
男は、言葉を返しきれない。
「俺が……あんま、り……会えない、から……?」
ゆらり、と青年が立ち上がる。
涙を拭くこともなく、ベッド脇の机へ手を伸ばす。
青年が手に取ろうとしているものが刃物だということに気付いて、男は青年の腕を引き、ぐいと青年をベッドに引き戻した。
「リンデル、お前……」
男の低い、唸るような声。
「馬鹿なことを考えるな」
ギッと睨みつけられて、どんな戦場でも怯まないはずの青年が怯んだ。
大方、怪我でもしようとしたのだろう。
負傷でこの村に留まるか、ともすれば、負傷引退か……。
どのみち、そんなことになった日には、あの従者に俺が殺されるに決まってる。
「っ、ぅ、カースの、ばか……っっ」
青年は泣きながら男の胸に縋り付く。
男は大きくため息を吐きながら、その背を撫でた。
「悪かった……。俺が、悪かったよ」
胸元で、ふるふると青年が首を振る。
男は、この明るく無邪気な青年を、そこまで追い詰めてしまった自身を責める。
こんなに、リンデルはいつだって俺だけを求めてくれるのに。
俺はその想いに応え切れていない……。
男が深い後悔に沈む。
俺を慰めて、こいつだって辛かったはずだ。
こいつの優しさに、俺ばかりがいつも甘えて、何ひとつ返せないままで……。
男は、小さく肩を震わせている青年の髪に口付けると、せめてもの誠意を伝える。
「リンデル……、俺は、お前に何がしてやれる……?」
問われて、ゆっくり青年が顔を上げる。
「カース……」
まだ涙の残った金色の瞳が、じっと男を見つめている。
「……なんだ?」
少し落ち着いてくれたらしいことにホッとしながら、男は精一杯優しく微笑む。
「……じゃあ、俺、カースに入れてもいい?」
「!?」
男の笑顔が引き攣る。
「だって、カースあんなに気持ち良さそうなのに……。
ゼフィアばっかりずるいよ。
俺だって、カースをとろとろにしたい!!」
「!?!?」
「…………だめ?」
潤んだままの瞳で上目遣いに見上げられ、カースがたじろぐ。
まさか。
まさか本当に、こいつは俺に、入れたかった、のか……?
さっきまで弄られていた男の下腹部に、じわりと熱が広がる。
「……っ。ダメじゃ、ない……」
男は顔を赤く染め、そう答えるだけで精一杯だった。
----------
気恥ずかしいのか、布団を頭からかぶった男は、ベッドの中、布団との隙間からリンデルが服を脱ぐ姿を見ていた。
ぐいと服を捲るしなやかで強靭な腕。
そう太くは見えないくせに、以前自分をひょいと抱えたことがある、思うよりもずっと力強い腕だ。
無駄のない引き締まった筋肉が、動く度交互に隆起する様が、なぜかとても美しく思えて、男は胸が苦しくなる。
リンデルは服を全て脱ぐと「寒い寒い」と唱えながら、男の布団に潜り込んだ。
「上だけは着といた方がいいんじゃないか?」
男が風邪でも引かないかと心配するが、青年は「大丈夫だよ」と笑って答えた。
ごめん、俺ちょっと手が冷たいんだけど……と前置きをして、リンデルが男に尋ねる。
「触ってもいい?」
何を今更、と苦笑しながら、男は「ああ」と答えた。
ひやりとした手に胸を撫でられて、男が思わず身を震わせる。
それを誤魔化すように、男は口を開いた。
「っ……けどお前、まさか、俺が初めてなんじゃないだろうな?」
この青年とは十七年も離れていた。
勇者になってからは恋愛がご法度だったしても、その前に彼女のひとりやふたり、いたっておかしくは無いだろう。
リンデルは美形というわけではないが、それなりに整ってはいる。
優しげで清潔感もあるし、実際すこぶる優しい。
笑顔だって可愛らしい。まるで天使だ。
言い寄ってくる女性がいない方がおかしいんじゃないか?
カースが、脳内で偏った評を繰り広げているうちに、リンデルは苦笑を浮かべて答えた。
「ええと……ごめん。初めてではないんだけど……」
「いや、謝ることじゃない。……むしろ安心した」
笑って応えるカースに、リンデルはさらに複雑そうな顔を見せる。
「その、俺……前に一度、媚薬を盛られたことが、あって……」
「!?」
「その時に、ロッソが……その、助けて、くれ、て……」
バツが悪そうに俯くリンデルの顔が見る間に赤くなる。
「……あの従者と……!?」
カースは気付いていた。あの従者がリンデルをことさら特別に思っていることに。
(てっきり報われてねぇのかと思ってたが、やる事はやってんじゃねーか)
知らず口元に苦笑が浮かび、男は自分があの従者に気付かぬうちに肩入れしていたことを知る。
(ま。だからと言って、譲ってやる気はないが……)
「ごめんっ! 俺……っ。カースのこと、裏切るつもりじゃなーー」
ガバッと顔を上げて謝るリンデルの唇を、男が優しく塞ぐ。
「ん……っ」
そっと唇を離されて、リンデルがほんの少し淋しげな顔をする。
その顔を愛しく思いながら、男が諭す。
「謝ることじゃないって、言ったろ?
大体お前は、俺のことを覚えてなかったんだ。立てる操も……」
「覚えてたよ!」
リンデルが、必死で男を見る。
「どうしても、思い出せなかったけど、心も、体も、俺カースのこと覚えてた。
忘れなかったよ!!」
「……っっ」
男が言葉に詰まった。
喜びと、申し訳なさでいっぱいになった男へ、今度はリンデルが優しく口付ける。
「ね、カース……俺のことだけ、見てて……」
「ああ……」
唇が触れ合うほどの距離で会話を交わして、もう一度口付ける。
互いの息が乱れるまで確かめ合いながら、リンデルは男の胸で温められた指先で、撫でられ立ち上がった胸の突起を優しく弾く。
「……っ」
びくりと男の腰が浮く。
男も負けじと、片手を伸ばして青年のモノを撫でた。
「んっ……ぅ……」
すでに固く熱を持っていた青年のそれを、男は自身のモノと合わせて扱く。
「あっ……、それ、や……っあ」
やはり恥ずかしいのか、桜色だった青年の頬に赤みが増す。
リンデルの身じろぎに合わせて、ぎしり。とベッドが鳴る。
音に反応して、びくんと身を縮めた男に、リンデルは一瞬眉を寄せると、声を上げた。
「カースっ、ベッド、買い替えようっ!」
「え……?」
突然耳元で叫ばれて、カースが動きを止め、荒い息を整えているリンデルを見る。
そして、やっと、それが自分の事だと知る。
「あ…………っっ」
羞恥心に耳まで赤くなる男を優しく撫でながら、リンデルは続ける。
「新しいベッドは、俺が選んでカースに贈るよ。俺からの、プレゼント。
もっとふかふかで、カースが朝までゆっくり寝られるような、そんなやつ」
「……リンデル……」
まだあの男に反応していた自分の不甲斐なさ、恥ずかしさ。
それに気付いていたリンデルは、どれほど辛かっただろうか。
なのにリンデルは、それでもなお、俺を大事にしようとしてくれる……。
こんな、不甲斐ない、呪われた俺を……。
男の瞳がじわりと滲む。
「新しいベッドでさ、俺といっぱい愛し合って、今度からはそのベッドが鳴るたびに、俺を思い出して」
そう言って、青年はふわりと微笑む。
まるで、その日が来るのが楽しみだと言うように。
「ああ……。リンデル……」
思わず伸ばした男の手に、青年は嬉しそうに頬を寄せた。
男は、この温かい青年に、身も心も全てを捧げたいと願った。
財産も名もなく、持てるものは自分だけだったのに、それすら尽くせないなんて、あんまりだ。
あの男の存在は消せないけれど、あの男を憎む気持ちは、青年が涙とともに流してくれたのか、今はほとんど残っていなかった。
この心を、どうか、この青年に埋め尽くしてほしい。
「リンデル……」
男の、掠れた切なげな声。その甘い声に、青年は煽られる。
「カース……」
男が自分を求めてくれている。
青年の愛したその眼差しが、自分へと真っ直ぐに注がれている。
喜びは熱となり、青年のそれを一層固くした。
リンデルは、男の後孔へと指を這わせる。
そこは、滑らかに青年の指を飲み込んだ。
「ん……っ」
僅かに目を細め、それでも男はリンデルから目を逸らさない。
その気持ちが嬉しくて、青年は男に口付けを降らす。
その間にも、一本、もう一本と指は男の中へと入り込む。
「ぅ……、……っ、……ん」
じわりと男が頬を染め、潤んだ瞳でリンデルを見つめる。
縋るような、ねだるような瞳に、リンデルは指を奥まで押し込む。
「ぅぁっ、ん……っ……んんっ」
手前を撫でたり、奥を突いたり、繰り返し指を動かす間、時折男が耐えきれずに嬌声を上げる。
その甘い響きに、リンデルの背をゾクゾクとしたものが次々駆け上がる。
「もう、入れてもいいかな?」
「っ、あ、ああ……」
返事の合間にも、はぁはぁと男が苦しげに息をするのが聞こえる。
熱い息が、上気した肌が、しっとりと汗に濡れた黒髪が、男の潤んだ瞳を飾る。
僅かに開いた口元から溢れそうな雫を、男は舌先でペロリと舐めた。
むせ返りそうなほどの男の色気に、リンデルはめまいがする。
「カース……すごい……、えっちだよ……」
「っ!?」
動揺する男をよそに、リンデルは男の足を割り広げ、自身をそこへと充てがう。
「……俺、我慢できるかなぁ……」
心配そうに呟く青年に男が苦笑を浮かべかけた時、青年が侵入した。
「ぁっ、ぅ、ぁぁっっ!」
青年のそれは、男が思うより何倍も熱く感じられた。
「痛い? 大丈夫?」
「いや、だいじょ……ぶ、だ……」
真っ赤な顔をして答える男の口端から、一筋溢れた雫が銀の糸を引く。
「ああ……カースのナカ、とってもあったかいね……。すごく、気持ちいい……」
苦しげな息を整えさせてやりたいと思う頭とは裏腹に、青年の腰が揺れてしまう。
「ぅ、く……、ん……んんっ」
男が、声を堪え切れないのか、自身の手の甲を口元に強く押し付ける。
「声……我慢しなくて、いいのに……っ」
緩やかな動きは止めないままに、青年は口を覆う男の指へと自らの指を絡める。
「っは……、カースの声……もっと、聞かせて……?」
熱い吐息と共に耳元で囁かれ、思わず男の力が緩んだ隙に、青年が握っていた手をぐいと頭上へ運ぶ。
「ぁっ、こら、リン……っんっ、ぅぁ……っ」
男の甘い声に、青年の頭がジンと痺れる。
もっともっと声が聞きたくて、つい腰の動きを早めてしまう。
「ふ、ぁ、……っくぅっ、……んっ、んぅぅ……っ」
必死に唇を噛む男が、そこから滲む血の味に図らずも理性を溶かされる。
「ぁっ、ぁあっ、……く、ぅああんっ」
「カースの、ナカ……、きゅうって、して……っんっ、気持ちい……よ」
青年が、男の上で温かな金色の髪を揺らして囁く。
頬を伝う汗が、顎の先からぽたりと男へ降る。
その雫を額に受けて、とろりと蕩けそうな空色が、熱に浮かされた森の色と共に、うっとりと青年を見上げる。
やけに鮮やかなその瞳に、リンデルはまた魅入られる。
「カース……好きだよ……」
リンデルの腕が、男の脚をぐっと持ち上げる。
「ぁあああっ」
一際深く突かれて、男が鳴いた。
「んっ、カース……」
青年は、息苦しいほどの愛しさに任せ、男の奥へ深くへと繰り返し侵入する。
「ぅ、あ……っぁあっ。あ……っ、んんんっ」
男は受け止めきれないほどの快楽に、恍惚とした表情に涙を浮かべて、それを必死で受け入れている。
「あっ、ぅ、カース……俺、も……イキそ……っ」
男が、それに視線で応える。
熱い瞳に求められ、リンデルの熱が高まる。
「ナカ、に出しても、い……?」
こくりと頷かれ、どくんと青年のものが脈を打つ。
一回り大きく膨らんだそれに、男の内側が無理矢理押し広げられる。
男は耐えきれず、ビクビクと痙攣を始めた。
「ぅ、ぁあ……ぁ、んっぁぁぁんんっっ!!!」
ぎゅっと目を閉じ、背を丸めて息を詰める男。
男のものからとろりと液体が漏れる。
リンデルも、男の内で強く優しく締め上げられて、嬌声を漏らしながら激しく突き上げる。
「ああああっ、カースの、あっ、ナカ……っイイっ……んっ、俺、出ちゃ……ああっっ、出ちゃう、よ……っっ」
「んんんんんんんっっっ!!」
ガクガクと揺すられていた男が目を見開き、びくりと大きく跳ねる。
「ん、イ、クっ、は、ぁっあああぁぁっっんんん!!」
青年は、最後に力強く奥まで突き入れると、男の中へ全てを吐き出す。
男の内を、その全てを、自分の色に染めたいと願いながら。
「くぅ、ぅ……っ」
必死で歯を食いしばって堪えていた男が、下腹部へ広がる激しい熱に浮かされ口端をじわりと緩ませる。
そこから一筋零れた悦びの雫が、使い込まれたシーツにぽたりと染み込んだ。
「はっ……はぁ……カース、大丈夫?」
リンデルは、肩で息を継ぎながら、体を縮めて蹲る男を覗き込む。
「あ……、ああ……。だい、じょう、ぶ…………だ……」
言葉と裏腹に、男はまだビクビクと痙攣を繰り返している。
「ごめん、俺……最後、もう止まんなくって……。痛くなかった……?」
心配そうに尋ねる青年の、金色の瞳が男を労わるように包み込む。
「だい、じょう……っっんっ」
はあっと熱い息を吐いて、男が目を細める。
滲んだ瞳からぽろりと涙が溢れたのを、青年が慰めるように舐め取った。
男の浅黒い肌は艶やかな朱に染まっている。
肩口で結ばれた髪は乱れ、解けた黒髪が汗の滲んだ顔や首元に張り付いている。
男の色気に、青年はごくりと喉を鳴らす。
その森と空の瞳が見たくて、青年は男の伏せられた睫毛にそっと口付けた。
「んっ……」
それだけの刺激で、男はびくり、と身を縮める。
男は知らなかった。想い合う者に貫かれる悦びを。
愛しい者に注がれる幸せと、そこからあふれる快感を。
「……まだ、カースの中、きゅうきゅうってなってるね」
青年は男の耳元に唇を寄せ、囁く。
柔らかな金の髪に頬を撫でられて、男が息を詰める。
「っ……」
「……もう一回、する?」
問われて、男が青年を見上げる。
目が合って、金色の瞳が嬉しそうに微笑む。
天使のような笑顔を見せながら、青年は男の中でじわりと熱を取り戻す。
「ぁ……っ」
男がそれに反応してくれたのが嬉しくて、青年はゆるりと腰を揺らした。
「んっ……ぁぁっ……っっ」
溢れた声に、男が慌てて口を覆う。
「ふふふ、カース、とってもえっちな顔してるね」
言われて、耳まで赤くした男が潤んだ瞳で睨む。
そんな姿すら愛しくて、青年は苦笑する。
「ごめんごめん。でも、俺カースのこんな顔が見られて、すごく……嬉しいよ……」
ふわりと微笑んだ青年に、男の棘が緩む。
そこを青年が突き上げる。
「ぅぁっ」
切なげに喘ぐ男を、リンデルは優しく撫でる。
「今度はもっと、いっぱい、してあげられるからね」
その言葉に男は息をのむ。
これ以上快感を与えられたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「や……っリンデルっんっ、もう、い……っ、ああっ!」
「大丈夫だよ。夜明けまでは、まだまだあるからね」
男の心を知ってか知らずか、青年は答えると同時に緩く出し入れしていた腰を奥深くへ差し入れた。
「んっ、ぅんんんっ!」
ビクビクッと男の腰が跳ねる。
男の中がまた強く締まり、青年の口端に笑みが浮かぶ。
「また、イっちゃった……?」
優しく囁かれ、男は滲んだ瞳で見上げる。
「ぅ……っ、もう、やめ…………っあっ」
「ん? カース疲れちゃった? 俺動くから、大丈夫だよ」
笑顔で告げて、リンデルは男の中を優しくかき混ぜる。
「んんっ、ん……っ、ふぅ……っぅ……」
ジンジンと頭が芯から溶けてしまいそうで、カースは口を押さえたまま涙を零す。
「カース……好きだよ……大好き……」
囁かれて、男が涙に濡れた瞳を上げる。
ちゅ。と音を立てて、リンデルは男の涙を吸う。
「んっ、ぅ、んんっ」
愛を注がれるほどに、体がより深く快感を得てしまう。
愛されていることそのものが、感受性を高めているのか、優しくされればされるほどに、男は追い詰められていた。
「んんんっっ、んんっ、ぁぁんんっ」
甘い声でよがる男が愛しくて、リンデルは、男へと長い指を伸ばすと、男の肌に張り付いた黒髪を優しく梳かす。
「気持ちいい……? 嬉しいよ……。俺も、カースのナカ……、気持ちいい、よ……」
リンデルの柔らかな声が、熱を孕んで男の耳へ届く。
男は、自分の体で、青年が感じてくれている事が純粋に嬉しかった。
体だけでなく、心まで溶かされて、男は涙を溢して微笑む。
「……リン、デル……」
「カース……」
男がその手を青年へと伸ばす。
差し出された指先に口付けて、青年が掌へ愛しげに頬を寄せる。
男は青年の頭を大事そうに抱き寄せた。
封を解かれた男の口からは、揺さぶられる度に嬌声が繰り返されていたが、その合間を縫うようにして、青年の耳元へと必死の思いで告げる。
「俺を……っあっ、俺、を……全部……っんんっ」
リンデルが、男の言葉を聞こうと動きを止める。
「カース?」
男が、まだ上がったままの息の隙間から、懸命に伝える。
「俺を……全部、お前の、っ物に……っっ」
「うん……ありがとう……俺も全部、カースのものだよ」
その言葉に、カースの瞳が悲しげに揺れる。
「馬鹿……、お前は、……皆の、勇者様、だろ……?」
男は、ほんの少し淋しげに口元だけで笑ったが、青年は花のようにふわりと微笑んだ。
「だけど、勇者じゃない時の俺は、全部カースのものだよ」
男がその微笑みに目を奪われる。
この温かい、陽の光のような金色の青年が、その全てを捧げると……。
俺に……この俺に、全てを寄越すと……?
「……リンデル……」
カースが、受け取りきれない贈り物に、狼狽えるように視線を彷徨わせる。
そんな姿もまたいじらしくて、リンデルは男を抱きしめる。
「ふふ、カース、大好きっ」
抱かれた拍子にグッと奥を突かれて、男が声を漏らす。
「ぁんんっ!」
「もっともっと、俺ので気持ち良くなってね」
「ちょ、ま、リンデ……」
青年は無邪気に微笑むと男の内側を擦る。
「ふ、ぅ、ぁぁっ」
思わず目を瞑った男から零れた涙を、青年がぺろりと舐める。
「ん、これ、い、じょ……っっんんんっ!」
深く、浅く、ぐりぐりと掻き回すと、男のナカがまた熱くなる。
それに呼応するように、リンデルの息も荒くなってくる。
「ぅ、ふぅ、……っっくっ」
男は残念ながらまた手の甲で口元を押さえてしまったが、そこから漏れ出す声もまた、カースらしくて色っぽいとリンデルは思う。
「あっ、だ……っ、また……っ、ぅぁぁっ」
男の眉が切なげに寄せられる。
「んっんんんんんんんんんっっっ!!」
男の内側が、まるでリンデルの全てを吸い込むかのように蠢く。
「っ、はあっ、カース……気持ちい……よ……っっ」
頬を鮮やかに染めた青年は、ガクガクと震える男の両脚を両手でぐいと持ち上げると、男の中へ、さらに深く侵入する。
「ああっ、も、これいじょ……した、ら……あぁぁっっ」
まだぎゅうぎゅうと絡み付いてくるナカを、青年は更に突く。
男はポロポロと涙をこぼしていたが、その声は甘く蕩けるようだ。
「っ、ごめ、ん……っ。長過ぎ、た? 今、イク……ね……っ」
青年は一言謝罪すると、その終わりを告げる。
そして、一気に奥を突き上げる。
「ぁああああぁぁぁぁあっっっ!!」
男の長い声に、青年が煽られる。
男の内側は、何度も何度も青年を優しく締め付けてくる。
「ああ、とっても……っいい、気持ち……ん、あっ、あぁっ」
「くっ、ぅ、んんんっ」
熱い吐息を耳元にかけられて、男がまたその肩を震わせる。
激しく腰を打ち付けながら、リンデルが背をかがめて囁く。
「イクよ……っ」
耳に届いた言葉に、男の体がまるでそれを期待するかのようにカッと熱くなる。
自身の体がそれを待ち望んでいることに男は戸惑うも、次の瞬間、あまりの快楽に何も考えられなくなってしまう。
「あっ、ああっぁぁああああああああああっっっっんんんっっっ」
どくりと大きく膨らんだ青年のそれに中を擦り上げられ、ゾクゾクと絶え間なく立ち上る快感に、声が止まらない。
続いて、青年も最奥を勢いよく突き、声を上げ達した。
「っあああああっっっ!!」
体内へと勢いよく吐き出される熱い熱い青年の精に、男が翻弄される。
チカチカと輝く星が目の前に飛び散り、視界は白く染まってゆくも、その中で快感だけが鮮明に男へと降り注ぐ。
「んんんんぁぁぁぁあぁぁぁぁぁんんんんっっっ!!」
男は、ビクビクビクンッと一際派手に痙攣して、それきり静かになった。
青年は、男が意識を飛ばしてしまったことを知り、肩で息をしつつ男の頬へそっと口付ける。
「ぅ……、ん……」
男は、意識を失ってもなお、まだ深い快感の渦に捉えられていた。
「……やりすぎちゃったかな……。ごめんね、カース……」
青年は申し訳なさそうに、けれどどこか嬉しそうに呟くと、未だ小さく痙攣を続けている男を優しく撫でる。
「夜明けまでに、起きてくれるかな……」
----------
ぎしり。と耳元でなった音に、男は目を覚ます。
見えたのは、あの男の泣きそうな顔ではなく、薄暗い部屋の風景だった。
ああ、そうだ、俺は最中に意識を失って……。
今までなら、目覚めた時に感じるのは酷い痛みと倦怠感だった。
だが今は、まだ体のあちこちに、どこか甘い感覚が残っているような感じがする。
体を起こそうとして、男は自分が何かに拘束されていることを知る。
続いて感じる下腹部の違和感に、男はまさかと首だけで振り返る。
そこには、男を抱き枕がわりに、幸せそうな寝顔を浮かべるリンデルがいた。
背中側から抱きつかれている。それは分かる。
だが、この違和感は……。
そこまでで、ハッと男は時計に視線を送る。
時刻は既に、明け方というより朝だった。
この季節は普段より日が出るのがゆっくりだったが、それでももうすぐ日が昇ってしまう。
「おい! リンデル起きろ!!」
男に揺すられると、寝不足にも関わらず、流石に勇者はパッと目覚めた。
「あ、カース、おはよう……」
男は内心感心しつつも「そろそろ日が昇るぞ」と続けた。
「あ、そっか!」
「ぅあっ」
男の声に、飛び起きようとした勇者が、気付いたように自身の下半身を見る。
服も着ないままに寝ていた青年は、あろうことか、まだ男に自身を差し入れたままだった。
寝起きで生理的に立ち上がったそれで、いきなりグリッとナカをえぐられ、男が声を上げたようだ。
「ごっ、ごめん、カース」
謝りながら、リンデルはずるりとそれを抜き取る。
「くっ……」
男がその刺激に息を詰める。
「入れたまま寝るやつがあるか!」
叱られて、慌てて服を着るリンデルが苦笑する。
「何だか……抜くのがもったいなくて……」
「何が勿体無いんだ、何が……」
男はため息を吐きながら、そのまま服を着てしまいそうなリンデルのそれを、手拭いで拭ってやる。
「あ……、ありがと、カース」
リンデルはズボンを履くと、上着に袖を通す。
カースは着替えの早さに内心感心していた。
今までにも、寝起きに出動なんてことがあったんだろうか。
これまで、こいつは一体どれほどの数の魔物を倒したのだろう。
人々の死や仲間との別れを、一体、何度乗り越えたんだろう……。
男は昨夜の青年の言葉を思い出しながら、思う。
あれは、普段から人の生死に関わり続けているこの青年だったからこそ、さらりと言えた言葉なのかも知れない。
「今日は夕方から後夜祭だからさ、一緒にあれ見ようよ!」
ブーツを履きつつ言うリンデルに、男は干していたローブを手に取り振り返る。
「俺と一緒のとこ見られていいのかよ」
「ロッソが、いい場所知ってるんだって。よく見えて、他の人には見つからないとこ」
リンデルが男から受け取ったローブをくるりと身に纏う。
「ふーん……」
カースがあの従者の姿を思い描いている間に、リンデルは扉を開けた。
「じゃ、仕事終わったら迎えに行くからっ」
「おい、大きい声出すなよ」
嗜める男に、リンデルは駆け出しながら、振り返りざまにウインクをひとつ送って手を振った。
「…………は……?」
唖然とする男を置いて、うっすらと白んできた村の中を、勇者は元気に走り去っていった。
……なん……なんなんだ、あいつ。いつの間にあんな……。
バタンと扉を閉めて、カースは扉に鍵をかけると、そのまま扉に背を預ける。
さっきのリンデルの、悪戯っぽいウインクがくっきりと目に焼き付いている。
人懐こそうな、柔らかい笑顔。
それがパチッと片目を閉じただけで、何で、こんなに…………。
男は片手で顔を覆った。
自分の顔が、いや、多分耳までも、赤く染まっていることが分かる。
ただのウインクだ。と思おうとすればするほどに、まるでそれは投げキッスか何かだったかのような気さえしてくる。
そう、まるで、耳元で、愛していると……囁かれたようで。
「……っ」
途端、力が抜けて、男は背を扉に預けたまま、ズルズルとその場に座り込む。
「くそ……っ。リンデルめ…………」
男の、小さな小さな独り言は、誰にも聞かれることなく、雪の朝に溶けた。
ともだちにシェアしよう!