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第3話

 チリンというベルの音は来客を知らせるものだ。不二夫は入口へ急いだ。 「いらっしゃいま……えっ」 「やあ、おまえ! こっち、こっち!」  不二夫が出迎えるよりも先に、店の奥から中年の男性が駆けてきて、来店した女性に呼びかけた。 「やあ、待ちくたびれたよ。随分長生きしたんだねぇ。こんなばあさんになっちゃって。ぷぷっ、でも俺の加奈子だ」  男性が心底懐かしそうにして、おばあさんの手を握る。ここでは珍しくないが、数十年越しの感動的の再会のようだ。だが違和感が。  先程から、女性が一言も発していない。再会を果たした人は、大抵思い出話が止まらないのが常なのだが、どうも様子が変だ。女性は握られた手をやんわりとほどいた。 「人違いじゃございませんか?」 「は? お前加奈子だろう?」 「たしかに私は加奈子ですが……ここは先に亡くなった人、会いたい人に会える喫茶店なんですよね」  女性は首をかしげて不二夫を見上げた。 「そうです」 「それなら、私が望んでいるのはこの人じゃないわ。おそらく……私の母がいるはずですが」  隣で男性の口が、陸に上げられた魚のようになっている。後ろからは白の舌打ちが聞こえた。 「(ヘキ)の野郎……またしくじりやがったな……クソッ、面倒なことしやがって」  白の暴言がお客様にも聞こえそうだから、もう少し声のトーンを下げたほうが……と心配になりながら、ふたりを見やる。  幸い白の声は届いていないようだが、感動の再会にむせび泣きそうだった男性と、かの虫でも見るような女性の温度差がすごすぎて、この場をどう収めればいいのかわからない。  おろおろしているうち、白が店のダイヤル電話の受話器を持ち上げた。  店内にしっくりなじむ、木製で真鍮作りのアンティークなデザイン。どういった仕組みかわからないが、持ち上げることで勝手にダイヤルがぐるぐると回り、目当ての相手と話せる代物らしい。 「おい碧。今すぐ店に来い!」  華奢な受話器が乱暴に置かれた瞬間、入口に男がやってくる。  明るいブラウンのマッシュヘアに、目の覚めるような深いブルーグリーンの瞳を持つ長身の男。  瞳と同じ色のスーツ姿の死神、碧だ。 「しろぉー、オレまたなんかやっちゃった?」 「なんかじゃねえ。『お取り違え』だよ」  この喫茶店にいる人たち、つまり客は亡くなった人間だ。 ここは、死んだ人が先に死んだ人と面会することができる場所。  人は亡くなると時間の概念がなくなるそうで、互いの思い出の中でしか存在できない。  あの世では、生前の関係性を保ったまま同じ次元で会うことは叶わないから、うちみたいな喫茶店が存在する。ほぼ同じ時間軸で会える、最後の砦みたいなところだ。 「うわー。マジか」  面会は基本的に双方合意で行われる。通常片方の思いだけでは成立しないのだが、どういうわけかこの男性は成立後の体でここにいる。  碧は頭を抱えた。だがそれはどこか芝居じみていて、まったく反省している様子はなさそうだ。 「加奈子、俺はずっと待っていたんだよ。お前を置いて先に逝ってしまったから、心配で心配で」  懐かしそうにする男性が一歩すり寄る度、女性が一歩退くのでその距離は一向に縮まらない。 「あなたって本当にひとりよがりよね。昔から」 「へ?」 「そんなに私が心配なら、お空の上からあなた亡きあとの私や子どもたちを見なかったのかしら」  男性の目が途端に泳ぐ。  先程から聞き心地のいいことを言っているが、実のところ家族を見守った記憶はないらしい。それが女性にはお見通しなのだろう。 「少しでも見守っていてくれたなら、私が伸び伸びと生きていたのが伝わったでしょうにね」 「そんな……お盆やお彼岸は、神妙にしていたじゃないか」 「それは私が常識人だからですよ。それよりも日常の私を見てほしかったわ」  男性はきっと、遺された家族は自分がいなくなったことで悲しみ、泣き暮らしていると思いこんでいたはず。絶対そうだ。だから確認もしなかったわけで。 「子どもたちよりずっと手はかかる。ろくな稼ぎも無いくせに威張り散らす。家のことはほとんど私ひとりでやりくりしていたわ。男を見る目がなかった自分を反省していたからね」 「加奈子ぉ……」 「あなたがいなくなってからは第三の人生っていうのかしら。それはもう、楽しくしあわせに過ごせたのよ。母は私の辛かった時期に逝ってしまったから、余生はしあわせだったから安心してと伝えたかったの」

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