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第5話

「……ったく、あんなに怖い閻魔様に判定されているのに、それをごまかそうなんて。小賢しいにも程があるぜ」  早々に店へ戻ってきた碧は勝手知ったる様子で、水出しアイスコーヒーを背の高いグラスに注ぎ、カウンターで飲んでいる。 「やっぱり、閻魔様って怖いんですか?」 「あれ? 不二夫は会ったことないの? こわいよーめちゃめちゃ。ちなみに俺や白が関わることが多い第参閻魔の玉湾様は、見た目だけは超、超、ちょー美人」  こんな美形揃いの死神が褒めちぎるって、この界隈の美に天井はないのだろうか。 「女性なんですか?」 「うーん……人間の概念でいうと、ジェンダーレスってやつになるのかな? 多分男だけど、そもそも俺らに性別とかってそんなに重要じゃないから考えたことなかった」 「へーえ……第参てことは、他にもいらっしゃるんですね」 「今の閻魔様は五柱。それぞれ見た目も性格も多少違ったりするよ」 「五柱?」 「第壱から第伍まで。閻魔様は神様だからそう数えるんだって。まあ大抵ごつくて赤い感じ。玉湾様みたいのはめずらしいかな。ここんとこ人間がすげー増えちゃったからね。死ぬ人も当然多くなって裁ききれないのよ」  閻魔業も交代制らしい。大きく分類すると彼らは、自分に足りない部分を修行というかたちで補う意味で、自ら赴任先を選ぶそうだ。  閻魔業は神様の仕事の中でもかなりきついらしい。 「オレもいつかは出世したいけどさー、閻魔様はやだなぁ。出張もほぼなくなるしね」 「出張、好きなんですね」 「だって刺激があって楽しいじゃない? 閻魔様の豪華な衣食住はちょっと惹かれるけど、痛い思いもしたくないしね」 「痛いって?」 「閻魔様って一日三回、煮え銅を飲まされてるんだよ。お湯だって熱いのに金属だよ! ひどいだろ? 地獄にいるどの人間よりも重い責め苦を受けなきゃいけないんだから」 「そんな…………偉い神様なんですよね。なぜですか?」 「閻魔様は人間を裁いてるだろ? 人に地獄の苦しみを与えることが閻魔様の罪になるんだよ。つまり罰を受けなければならない」  それはあまりにも理不尽ではないか。悪いのは、罪を犯した人間なのに。 「まっ、そこは閻魔様の親心っていうかさ。あの方たち、人間は子も同然だと思っているからね」 「それでも……ひどいと思います」 「不二夫はやさしいんだね。会ったこともない閻魔様に同情して。そうだな……俺だったらやっぱり、荒廃しない程度に氏子がいて、だけれどそこそこ暇もある、中規模の神社の守り神とかがいいなぁ」 「えっ、神社の神様って、替わることがあるんですか?」 「人気物件はそう空きが出ないけど、まあまああることだよ。ただ人間の時間で考えると、ごくまれにって感覚かもね」 「えっと……神社には有名な祭神が祀られていると説明がありますよね。重複も多いから、その神様のかわりをするということですか?」 「おっ、鋭いね不二夫。祭神はすべての神社に常駐しているわけじゃない。そのかわりというか……雇われ店長みたいなものかな」  驚いた。まるで人間界のようではないか。白はあまりそういう話はしてくれない。昔絵本で読んだような地獄が本当にあるのだというのも、白以外の死神たちとの会話で知った。 「碧、余計なことは言うな」 「もうー、不二夫にだって好奇心はあるよ。まだ若いんだし」  案の定、白は漏れ聞こえる会話に眉を顰めている。 「白だって閻魔様たちの多忙のおかげで、黙認されていることがあるでしょ。なんなら一番恩恵受けてるんじゃない?」  途端に空気が変わった。寒々しくなり普段感じない重みが加わる。心なしか店内照明の明度も下がったように見える。この店は白と同調するのだ。 「お前……懲りないみたいだな。始末書は俺が書いてやろうか?」 「えっ!! やめてよー。死神随一の事務処理能力と、真面目という名の皮に隠した狡猾さで書かれたら、オレの出世がまた遠のく」  死神の仕事はポイント制だ。  碧の今回の不始末は、始末書作成とこれからの頑張りにかかっている。それでも先程の男性の刑期が延びた分、マイナス分から相殺されるから、さっきより機嫌がいい。死神って本当に怖い。  死んだ人はすぐ浄土へ行くことはできない。清廉潔白、聖人君子? そんな変わり者だろうと、人間一度は地獄に行く。  生きている人間からしたらほんの些細なことでも、罪は罪というのが地獄の見解だから。死神の仕事と同じようにポイント制で、人生での行いによってを加点減点していくと、ほとんどがマイナスになる。  ただ、救いになるかはわからないが、地獄での苦行期間は、大多数は日本のサラリーマンの休暇程度、といったら少しは安心できるだろうか。人間が感じる本当の時間ではないが、感覚としての話らしい。  ただ、それがたとえ短い間隔とはいえ、人間の時間で換算すると想像できない長さだから、人間がもしそれを実感したら、生きているのも死ぬのも恐怖で狂ってしまうそうだ。前に碧がそう教えてくれたから、不二夫は怖くてもう考えるのをやめた。  地獄は大きく分けると八つあり、罪の種類により振り分けられる。  中でも一番過酷といわれる無間地獄に行くような悪行コンプリートの人はさすがに少ないらしい。そして刑期が明けたら、晴れて浄土へと旅立つ。 「じゃあオレそろそろ行くね。忙しいから」 「お疲れさまでした、碧さん」 「二度とヘマすんじゃねーぞ」 「へいへい」

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