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第7話
カウンターに湯飲みを置いたタイミングで、女児が店にやってきた。
淡い藍色でベルベット調のワンピース姿。太いリボンが巻かれた麦わら帽の下は、茶色の髪をふんわり三つ編みにしている。大きくなったらものすごい美少女になりそうな子。
この女児が大御所の死神、花だ。
その姿は、余り有る能力を隠すためとか、威圧感を与えないためとか、他の死神から聞いたことがあるが、真意はわからない。
ただ不二夫が知る限り、白が敬語で話す死神は花しか見たことがないので、そういうことだろう。
「白、個室を用意してくれるかしら。風船とお菓子をたくさん並べて……楽しい空間にしてあげて」
花の後ろには、きゃいきゃいと楽しそうにはしゃぐ、五人の幼児がいた。皆サスペンダー付きの制服姿で、花と少し似た麦わら帽をかぶっている。ここにきて鈍感な胸が、少しだけ嫌な感じにざわっとした。
「この子たちになにか問題が?」
白は花に質問しながら、個室を用意する。
あっという間に、天井が風船でいっぱいになった。
子どもが喜びそうな空色の壁紙。カラフルなちゃぶ台の上には、ジュースと、クッキーやチョコレートなどの菓子が山盛りセットされている。クレヨンやブロック、キャラクターを模したバルーンタイプの乗用玩具も見える。
それを見た子どもたちが歓声を上げ、部屋へ入っていった。
「ここにしばらく置いてほしいの。問題はないわ、この子たちにはね。ただ死んだ子がもうひとりいて……だからすぐに行かないと」
「承知しました」
ほとんど同時に亡くなったから、こうやって一緒にいるのだろう。同時に六人もなんて。久しぶりに胸に鈍い締めつけを感じる。これは、不快感っていうものだったか。
「朝の幼稚園で園庭に車が突っ込んだのよ。故意にね。そのあと犯人も死んだけれど、そっちは早々に緋 が迎えにいった。適任だわ」
緋は緋色の着物を着た、碧よりさらに長身の死神だ。
黒髪を島田くずしに結っているが、おそらく男性。本人も女装が趣味と言っていた。
見た目はたおやかな美人(美男?)だが、恐ろしく気が短い。判定を受けることをごねたり、結果に不満を表す死者には、容赦なく鉄拳をくらわすタイプだ。だから処理が早い。
「女の子がひとり、即死できなかったのね。事切れるまでの間に、混乱して悪霊につけ込まれた」
霊は地獄や浄土といった、人間界からするとあの世と言われる場所だけでなく、現世にもいる。
あらゆる執着を手放せず、死んでからずっと彷徨っている霊や、生前やり残したことがあるのか、一度こちらで手続きを完了させてから、引き返して現世をあちこち移動している霊もいる。
後者はともかく、現世に留まる霊のなかには、死神の忠告も僧侶の経なども届かない者がいる。時間の概念はないので、蕩々となにかを訴え続け、やがて凝り固まってしまう。いわゆる地縛霊というものだ。
それが無垢な魂を妬み、自分と同じところに引きずり込もうとしているらしい。そんなことをしたって、己の空虚は満たせないというのに。
「ひどい……」
罪もない子が人の悪意で殺され、さらに霊の悪意にも晒されている。そんなことではあんまりだ。救いようがない。
「この子たちがいると、自由に動けないからひとまず連れてきたのよ。これ以上見なくていいものを見せたくもなかったしね。わたしひとりなら、たいした手間でもないわ」
花はそのキャリアから子どもを相手にすることも多い。そのためか今回のようなやっかいごとも多くなる。
だが花が担当するなら安心だろう。これ以上子どもたちに苦しんでほしくなかった。
幸い個室にいる子たちは、お菓子を食べたり、遊び回ったり、思い思いに楽しんでいるようだ。
花が上手に死を理解させたのか、恐怖など負の感情はみられない。現世での人生は今回大変短かったかもしれないが、浄土で十分に魂を癒やし必要があればそう遠くない未来にまた、現世での人生、魂でいうところの修行に向かうだろう。
「不二夫。お茶をありがとう。飲む暇もなくてごめんなさい。帰ったらまたお願いね」
「はい。花さん、お気をつけて」
「あなたもね。私からしたらこの子たちとあなたって……そう変わらないわ」
花はなぞかけのような言葉を残し去っていった。意味深な言葉を死神たちにかけられるのは初めてではない。そして問いかけても皆、答えはくれない。
「わーい、お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ-」
「わ……ちょ、ごめんね。お兄ちゃんは今仕事中だから」
子どもたちにつっつかれながらお菓子を追加して部屋を出ると、独特なオーラを放つ女性がいた。ここでは珍しい怒りの気を纏っている。
おそらく三十歳前後、彼女はいきなりつかみかからんばかりの勢いで迫ってきた。
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