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第12話

 剛志が一足先に店をでると、不二夫は白を探そうと駆けだした。  もうほとんど過去の記憶が戻っている。  不二夫が命を絶ったあと、生け垣の中でうずくまっていると、迎えにきた死神が白だった。  死んでから成仏するまでの口上を聞き、続いて書類に署名をするよう指示された。  だが途中でなぜか怒鳴られ、書くのを中断した。驚いて見上げたが、白はまじまじと不二夫の顔を見るだけで、なにも話してくれない。  そして随分経ってから白に手を引かれ、気づいたらこの喫茶店にいた。  先程剛志が教えてくれたことがひっかかっている。好奇心で部屋を出ることがあった剛志は、白い死神が男の子を囲ってる噂を耳にしたことがあるらしい。  なんでもその子が生きている時、下界で助けてもらったことがあるそうだ。それが不二夫とは知らなかったけれど、とのことだった。  自分が白を助けた? まったく覚えがなかった。 「白さん!」  何度呼びかけても返事がない。今までなら、どんなに小さな声でも名前を呼ぶと、すぐに応えてくれたのに。すごく嫌な予感がして、拳をぎゅっと握りしめる。 「不二夫、まだいたの?」 「涅さんっ……白さんが、どこにいるか知りませんか?」 「白さんはもうここにはいない。悪いことは言わないから、不二夫も早くこの店を出た方がいいよ」 「なんで? 俺はまだ白さんに聞きたいことがあって……」  涅はひんやりとした目つきで不二夫を見下ろした。聞き分けのない子どもを諭すように、早く店を出ろと繰り返す。 「ちょっと面倒なことになってる。白さんが一番関わりたくない相手に捕まってるんだ」 「そんな……」 「この店は僕が代理で引き継ぐけど、しばらくはバタバタするし、白さんが守ってくれた今までみたいに安全とは言いきれない。お前は当事者だしな」  握った拳の上に水滴が落ちる。ぽたぽたと続くそれが自分の涙だと気づくと、涅の眉が少し下がった。 「不二夫は、自分のことを一番に考えて」 「でも」 「それでないと、白さんがルールを破ってまでお前を匿った意味がなくなってしまうよ。それでもいいの?」 「…………わかりました」  いつのまにか花が傍らに立っている。何も語らないが、見上げる瞳は涅と同じことを訴えている。 「花さん、お待たせしてすみません」 「いいのよ。気が済んだ?」 「はい…………」 「不二夫、これは私のひとり言なんだけれど、冥界も死神の世界も、人間界と同じで日進月歩なの」 「はい」 「あなたが死んだ頃、自死は有無を言わさず悪とされていた。でも今は少し事情が違う。例えばうつ状態で命を絶った場合、限りなく事故死に近い扱いを受けることもあるわ。あくまで私たちの判定上の話だけれど」  不二夫ははっとして立ち止まる。もしかして? だからなのか? 「その機会を白が待っていたかはわからない。でももう大丈夫だと思ったから、素直に捕らわれにいったのかもね」  白はなぜ、自分にそこまでしてくれたのだろう。生前の自分となにか縁があったとして、それが噂の通りだったとしても、それは不二夫の記憶に残らないほど些細なことだったはず。 「殺伐とした世界に身を置いていると、ピュアなものって衝撃を受けるのよね」 「ピュア、ですか」 「そう。おそらくあなたが思うように、それはたいしたことではないのかも」 「そうだと思います。だって覚えがないし」 「でも白にとっては、それこそ天変地異が起きたくらいの出来事だったんじゃない? 大切なのは自分がどう感じたか。今のあなたにならその意味がわかるでしょ」 「はい」 「じゃあ行きましょうか」 「 花さん……白さんに会うことがあったら、お礼を伝えてもらえませんか。本当は直接言いたかったけど、無理そうだから」 「お礼? あなたの判定を避けて匿っていたことが、どのような影響になるかもわからないのに?」 「それでも、白さんはきっと、俺のためにしてくれたんだって思います」  無表情だけれど、いつも白の視線はやさしかった。ずっと見守られていたのだと、今ならわかる。 「そうね。あまり期待しないでほしいけれど、承知したわ」 「ありがとうございます」  それからは花とあまり話をすることもなく、判定へと向かった。やがて、重厚な雰囲気の門があらわれる。 「この先よ。右から二番目の尖った屋根の建物に、あなたを裁く第弐閻魔の玉枝様がいるから」 「花さんは、もうきてくれないんですか?」 「私の仕事はここまで。それから、あなたはこれからたくさん修行をすることになるだろうけど、個人的にはそれってすごくいいことだと思っているわ」  人間に判定を下すのは閻魔の仕事だが、花にはおおよその見当がついているようだった。怖いから聞くことはできなかったけれど。 「お世話になりました、花さん」  深く頭を下げると、初めて花が触れてきた。背伸びをして、不二夫の頭にそっと手を置く。 「白の気持ち、少しわかるのよね。あなたって死神からすると魂の色が魅力的だし、その上深く知っても邪気がなくて」 「えっ?」 「要はかわいいってこと」 「なんですかそれ」  花らしくない、気さくな様子に思わず笑ってしまう。 「その自覚のなさも死神たらしね。白以外の死神も、皆あなたにやさしかったでしょ?」 「はい、よくしてもらいました。それから……さっき白さんにお礼を伝えてってお願いしましたけど、やっぱりいいです」 「えっ?」 「自分で伝えます。俺またいつか白さんを見つけられるよう、修行頑張ります」  怖さは消えないけれど、これからどんな判定を下されても受け入れる覚悟はできている。閻魔殿へと続く門をくぐると、重苦しい空気がまとわりついてきたが、不二夫はしっかりと歩みを進めた。

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