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第二章 第13話

「そろそろ、私のもとへくる気になったか?」 「…………まさか」 「ならば、また下でやり直すがよい」  豪華で美しい姿に、鈴を転がすような声。  第参閻魔(だいさんえんま)玉湾(ギョクワン)に見下ろされ目覚めた。そして誘いに対し即座に拒否する。人間が死にゆくとき、死神が迎えにやってくる。そして案内の元、閻魔の判定を受けることになるのだが。  このやりとりも何度目になるか。もう数えるのも面倒になるくらいは繰り返している。  玉湾は閻魔らしからぬ容姿の持ち主で、見た目は非常にたおやかだ。  だが、壮絶な地獄の責め苦の影響が顔に出ない程我慢強い閻魔で、それは己の執着心にもあらわれている。  不二夫のことを知られてしまったことで、管轄の玉湾からペナルティを受けることになった白は、玉湾の参謀として役目を果たすか、人間として転生を繰り返すかの選択を迫られた。  玉湾の言いなりになりたくない白は後者を選び、こうやって人間の人生を幾度となく繰り返している。すべての記憶を持たされたままで。    人間になる前、死神であった白は冥界で喫茶店を営んでいた。  時を違えて亡くなった者たちが、会いたい人に会える最後の砦で、成仏する前の人間にとって大切な場所。  白はそこで人間の青年・不二夫を匿っていた。過去に助けてもらったことがあり恩義を感じていた白は、心の病気で自死を選んでしまった彼を店に置き、ウエイターとして働かせていた。  死神たちはよくも悪くも他に興味がない。  正規の手続きを踏まずに、いつまでも店に置かれている不二夫のことは皆承知していた。しかし自分たちに害を及ぼすことではないので、その件は黙認されていた。  それは人間の世界に換算すると数十年。だが玉湾にみつかって、すべては壊れてしまった。 「なぜそこまで意固地になる。私の元にいれば悪いようにしないどころか、死神時代よりも位を上にしてやるのに」 「玉湾様こそ、なぜそこまでこだわりますか? 俺よりずっと優秀なしもべ志望が、あとを絶たないくせに」  すると玉湾は「心外だ」と手に持った扇子を口元へ持ってきて、ため息をついた。 「私は身の回りに気に入らないものは置きたくない。好きなものに囲まれ、自分が満たされていれば、己の役割もより良く進められるからな」  人間界で若手の経営者がインタビューで言いそうなことだが、きっぱりと告げられたそれは、案外まっとうな理由で拍子抜けする。  実際閻魔の役目は過酷なものだ。死神のようにあちらこちら飛び回ることもなく、基本屋敷の中で次々と訪れる人間を相手する傍ら、延々行われる罰としての責め苦に耐える日々。  だからといって、玉湾のものになるかは別の話で、そこを譲る気はないのだが。 「どうぞ下界に落としてください」  白のにべもない様子に玉湾はまた、小さく息を吐いた。 「花、あとは任せたわ」  音もなくあらわれた死神の花は、玉湾の命に無言で頭を下げた。玉湾の姿が見えなくなると白のそばへやってくる。 「あなたは今回五十八年の人生を終えました。これから――」 「花さん、口上はいいですよ。聞き飽きた」 「そうね、あなたは全部忘れさせてもらえないのだったわね……よくもまあ、まともでいられるわ」 「考えないようにすれば、案外慣れます」  信じられないものを見るような目つきに淡々と答えると、ますます白けた空気になる。 「玉湾様がうるさいから、一応念を押しておくわね。次の世でも、あなたは必ず不二夫と出会うわ。でも不二夫が誰と添い遂げようが見ていることしかできない」 「わかっています」  人間として何度生まれ変わっても、白は不二夫を見つける。そして手に入らないものを眺めていることしかできないことで苦しめばいいというのが、玉湾の狙いだ。  だが――。 「そもそも不二夫とどうこうなんて、考えたこともない。心を通わせる? 添い遂げる? 何の意味があるんですか」 「死神の私たちに聞かれたって、わかるはずないじゃない。玉湾様は夢見過ぎなのよ。白が元死神だってこと忘れているんじゃない?」  そもそも白にそんな感情を理解しろという方が無理なのだ。そこに不二夫が存在していることに価値がある。毎回それを確認できるのだから、むしろこれ以上ない待遇だ。 「それにさすがの玉湾様も、かわいい白がここまで拗らせているとは気づいていないのでしょうね」 「拗らす?」 「なんでもないわ、さあ新しい人生を始めましょう」  あとは目を閉じて身を任せていれば、新しい人間になるはず。いつものことだ。だが一向に始まる様子がない。 「花さん?」 「……ひとつだけ、余計なお世話だけれど覚えておいた方がいいわ」  自覚していないことは、ないということとは違う。記憶は蓄積されているから。  いつかそれを認めたとき、あなたはそれを一度に背負うことになる。  呪いのような言葉。抽象的過ぎて理解ができないが、花はおそらく白と不二夫の関係を憂えているのだろう。

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