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第一章・2

「お兄さん、食い逃げでもするつもり?」  見ると、若い男だ。  整った彫りの深い顔立ちは、ハンサム、イケメンというより、ナイスガイ。  スーツを着た会社員風だが、三十代前後という年齢には見えないほどの貫禄がある。  秀実は気圧され、そのままストンと椅子に腰を下ろしてしまった。 「いえ、食い逃げだなんて。そんなことしません!」  マスターに聞こえないよう、こそりと話した。 「ただ……」 「ただ?」 「ただ、お金を持っていないことは確かです。だから、体で払おうと思って。皿洗いとか、掃除とか」  秀実の言葉に、男は小さく噴き出した。 「お兄さん、昭和時代からタイムスリップしてきたの?」  無理無理、と手をひらひらさせている。 「即、警察だよ。無銭飲食は、立派な犯罪だ」 「そんな。じゃあ……」 「おっと。逃げよう、なんて思うなよ? ここは組の息がかかった店だ」 「組!?」 「マスター、ウエイター。ついでに言えば、客も全員組員だ。今、休憩時間なんでね」  秀実は、震え上がった。  同時に、目の前でそんな一大事をつらつら並べる男を、不思議に思った。 「あなたは、一体」 「近藤 士郎(こんどう しろう)。これでも一応、組長だ」  目の前が、暗くなっていく。 (終わった……) 「おい、君?」  秀実はそのまま、気を失ってしまった。

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