19 / 153
第三章・7
夜は外食で済ませ、二人がマンションへ帰った頃は21時を回っていた。
「ちょっと遅くなったな。バス、先に使ってもいいかい?」
「どうぞ。背中を流す時は呼んでください」
「ありがとう」
バスルームへ消えた士郎が自分を呼ぶ間、秀実は山のような衣類をクローゼットに収めた。
そして、泣いた。
「近藤さん、優しいよ。優しすぎるよ……」
ぐすぐすと洟をすすっていたら、バスルームから声が聞こえた。
「秀実くん、背中流してくれ」
「あ、はい!」
慌てて涙を拭い、秀実は走った。
湯気の向こうに、荒ぶる竜が牙をむいている。
シャボンをそっと滑らせながら、秀実は訊ねてみた。
「刺青を彫る時って、痛かったですか?」
「うん、痛かったよ。話には聞いていたけど、想像以上に辛かった」
「じゃあ、どうして」
「自分で自分を、試してみたんだ」
この痛みに耐えられるのなら、この先何があっても乗り越えられる。
そんな、気がした。
「だから、秀実くんも耐えられるよ。この先何があっても、ね」
「僕も、ですか」
「どん底を経験しただろう? 辛かったろう? 君は、それに耐えたんだ。耐え抜いたんだ」
「ありがとうございます」
秀実の声は、震えている。
「ん? もしかして、泣いてる?」
「泣いてなんか、いません」
秀実は、涙を流した。
シャワーの湯で、シャボンの泡と一緒に流して消した。
ともだちにシェアしよう!