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第三章・7

 夜は外食で済ませ、二人がマンションへ帰った頃は21時を回っていた。 「ちょっと遅くなったな。バス、先に使ってもいいかい?」 「どうぞ。背中を流す時は呼んでください」 「ありがとう」  バスルームへ消えた士郎が自分を呼ぶ間、秀実は山のような衣類をクローゼットに収めた。  そして、泣いた。 「近藤さん、優しいよ。優しすぎるよ……」  ぐすぐすと洟をすすっていたら、バスルームから声が聞こえた。 「秀実くん、背中流してくれ」 「あ、はい!」  慌てて涙を拭い、秀実は走った。  湯気の向こうに、荒ぶる竜が牙をむいている。  シャボンをそっと滑らせながら、秀実は訊ねてみた。 「刺青を彫る時って、痛かったですか?」 「うん、痛かったよ。話には聞いていたけど、想像以上に辛かった」 「じゃあ、どうして」 「自分で自分を、試してみたんだ」  この痛みに耐えられるのなら、この先何があっても乗り越えられる。  そんな、気がした。 「だから、秀実くんも耐えられるよ。この先何があっても、ね」 「僕も、ですか」 「どん底を経験しただろう? 辛かったろう? 君は、それに耐えたんだ。耐え抜いたんだ」 「ありがとうございます」  秀実の声は、震えている。 「ん? もしかして、泣いてる?」 「泣いてなんか、いません」  秀実は、涙を流した。  シャワーの湯で、シャボンの泡と一緒に流して消した。

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