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第九章・7

 士郎のマンションに帰ると、秀実はソファに倒れ込んでしまった。 「つ、疲れました~」 「ご苦労様。でも、シャワーだけでも浴びておいで」 「士郎さん、お先にどうぞ」  私は後でいいよ、と士郎は遠慮した。 「晴れて俳優デビューを果たした秀実に、一番風呂を贈ろう」 「あ、ありがとうございます!」  お言葉に甘えてシャワーを浴び、シャボンを使い、バスタブに浸かった。  ゆっくりと湯にその身を浸していると、昼間の出来事が思い返される。 「いろんなこと、あったな」  ちょっと、いや、かなり恥ずかしい!  ざぶりと湯で顔を洗い、秀実はバスタブから出た。  これ以上浸かっていると、もっともっと恥ずかしくなってしまいそうだ。  秀実と交代で士郎もバスを使ったが、驚くべきことは。 「冷やし中華、始めました~!」  バスルームから出た士郎が、なんとキッチンから冷やし中華を出してきたのだ。 「士郎さん、まさか」 「秀実がお風呂に入ってる間に、作ったよ」 「すみません……」 「ありがとう、だろ?」  撮影で疲れているのは、士郎も同じだろうに。  秀実は、感激で泣きながら冷やし中華を食べた。 「う、おいしい、です。うぅっ」 「泣きながら食べると、麺が変な所に入るぞ」  優しい、士郎さん。  AVの撮影だなんて、本当は少し怖かった。 (でも、士郎さんのおかげで乗り越えられたんだ)  ありがとう、の気持ちも込めて、秀実は味わって食事を摂った。

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