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第十三章・5
「ミチルさんは、彼氏いるんですか?」
士郎と話して気が大きくなったのか、秀実は突っ込んだことを訊いてきた。
「いるよ。お金持ちでイケメンの、素敵な彼氏」
「さすがですね。すごいなぁ」
でも。
士郎さんより素敵な人じゃないんだよ。
ミチルは新しい恋人の他に、所属する大手芸能プロダクションの社長と付き合っていた。
ありていに言えば、愛人だ。
今回のドラマ出演も、社長の力でもぎ取ったようなものだった。
(一言。ほんの一言でいいんだ。士郎さんをここに呼んで欲しい、って!)
だが、その一言が言えなかった。
その身にまとった虚栄が、ミチルから素直な心を奪っていた。
「僕、そろそろおいとまします」
「え? あ、そうだね。士郎さんを待たせちゃ、いけないね」
「コーヒー、ご馳走様でした」
「士郎さんに、よろしくね」
「はい」
行ってしまう。
秀実くんが、士郎さんの影が行ってしまう。
僕と士郎さんを、ほんの一時繋いでいた糸が、切れてしまう。
それでもミチルは、秀実に声をかけることができなかった。
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