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第十五章・6
黙ってしまった邦夫に、士郎はやはり温和に話した。
「私は秀実くんを、必ず日本を代表する俳優にして見せます。お約束します」
「は、はい」
「今しばらく、彼を私の元に置いておくことを、お許し願えますか?」
「どうぞ」
よろしくお願いします、と邦夫は挨拶もそこそこに席を立った。
「じゃあ、秀実。がんばりなさい」
「お父さん」
後も見ず、逃げるように去ってゆく邦夫の背中を、士郎と秀実は見送った。
「ごめんなさい。ごめんなさい、士郎さん。父が、あんなに失礼なことを!」
「いいんだよ。私も、大人げなかったね」
士郎は衣服を整えながら、苦笑いした。
「さ、コーヒーでも飲んで。リラックスして」
「はい……」
コーヒーを一口飲んだ秀実は、ぽろりと一粒涙をこぼした。
「どうしたんだ?」
「父が、がんばりなさい、って。初めて言ってくれたんです、そんなこと」
良かったな、と微笑む士郎は、溶けるほど優しいまなざしをしていた。
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