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第十八章・6
たどたどしく、秀実は道下の元へ歩み寄った。
彼の傍らにしゃがみ、顔を覗き込んだ。
そして、静かに口づけた。
ぽろり、ともう一粒涙がこぼれる。
唇を離し、その胸に手のひらですがった。
そして、顔をうずめて声をあげず泣いた。
(士郎さん、死んじゃった。死んじゃやだ、士郎さん)
声なき声は体を震わせ、やがて嗚咽を運んできた。
会場は静まり返り、秀実のくぐもった泣き声だけが響く。
「よし、いいよ。そこまで!」
青原が大声を出し、周囲の人間は我に返った。
皆、秀実の演技に引き込まれていたのだ。
道下が上半身を起こし、秀実の頭をひとつ撫でてくれた。
「迫真の演技だったね」
「あ、すみません。シャツが、濡れました」
道下のシャツに、秀実の涙で小さな染みができている。
「本当に、泣いてたんだね?」
「はい……」
二人は立ち上がり、青原監督の元へと戻った。
「はい、テスト終了。合否は後ほど知らせるから」
「ありがとうございました!」
秀実はていねいにお辞儀をし、試験会場から退出した。
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