132 / 153

第十九章・3

「ミチルくん、久しぶり」  そこへ、香り高いコーヒーをトレイに乗せて、士郎がやって来た。 「士郎さん……!」  ミチルの表情が、ぱあっと晴れた。 「士郎さん、僕ね。オーディション落ちちゃった」 「残念だったな。次の機会に、がんばれ」  それからのミチルはもう、秀実には目もくれず士郎に喋り続けた。 「台本に無いシーンの演技をしろ、なんて言われちゃって。それがね……」  聞くと、愛する男が自分を残して死んだ後の演技を見せろ、と言われたらしい。 (僕と同じだ)  秀実は、興味を惹かれた。  ミチルさんは、どんな演技をしたんだろう。 「僕ね、その男は士郎さんだ、って思うことにしたんだ。そしたら涙がどんどん湧いてきて」  男の体に取りすがって号泣した、とミチルは言った。  泣いたという点は秀実と同じだが、泣き方が全く違う。 (人それぞれ、いろんな解釈があるんだな)  秀実は、素直に感心していた。

ともだちにシェアしよう!