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ある春の日に、編 1 不遜な男は俺の恋人
愛した男は、愛してはいけない男だった。もしも、生まれ変わることができたなら、どんなによかっただろう。けれど、この気持ちを抑えることなどもうできない。彼のために私は全てを捧げよぅ。この命、まるごと、彼のものだ。
そう、この……剣さえも。
私は勝ってみせる、この闘技場で。全ての勝利は王よ、貴方のために捧げよう。
――全国で拍手喝さい。ご好評につきロングラン決定。
「……すげ、マジで俺の名前ある」
最初、このあらすじの冒頭がさ、なんか俺と英次のことに重なって、ドキドキしたっけ。読んでけば、全然そういうのとは違って、女剣闘士と王の許されざる恋と王座を狙う陰謀が絡まり合ったスケールがでかいっつうのっていうお話なんだけど。
今度、これのロングランが決った。新キャスト、新エピソード、新演出を加えて一度見たことのあるお客さんにも楽しめるボリューム増大バージョンの、増大部分をうちの作家さんが担当する。
俺はアシスタントとして参加できることになった。
自分の名前がそんなあらすじの下の下、右の端の、すげ、白くはためくマントでものすごおおく見えにくいけど、書かれている。舞台演出、構成のとこ。もちろん、メインなんかじゃないよ。二十歳そこそこの、ぺーぺーが海外で一年勉強したからって舞台丸ごとまかせてもらえるほど、この業界は甘くない。
「あ、そだ。写真に撮って英次に見せてやろ」
ポケットに突っ込んでたスマホを取り出した時だった。角からカツカツと勢いよく音を鳴らしながら誰かが、角を曲がって。
「うわっ」
「いやいやぁ、最高でしたよー、さすが! 天才舞台作家のご子息!」
「……」
数人のお供? を引き連れてやってきた。そんで数人が団子になって狭い廊下を歩くから、俺はぶつかられてスマホを落っことしそうになった。ひとり、慌てて手から飛び出したスマホを追いかける。
「っととと」
あっぶな。うなぎのつかみ取りみたいに、手元で踊るスマホを慌ててキャッチした。
「猫みたいだな……」
そんなのがボソッと聞こえたんだ。
たくさんの取り巻き? お供? 団子の餅部分みたいな大人たちの中心にいた奴がこっちを見てた。きつく鋭い目元はこっちを睨んでるからものすごく近寄りがたい感じがした。口をへの字に曲げてるから余計に近寄りたくないと思った。
「…………なんだ、あれ」
俺はこれっぽっちも近寄りたくないと思ったけど、でも、そいつの周りにはたくさんの大人がニコニコ笑っていた。
「あー、そりゃ、あれだ。お前んとこの作家が担当することになった舞台をそもそもやってた作家だ。九十九(つくも)、だろ?」
「えっ?」
身を乗り出すと、英次がカッコよく唇の端だけ吊り上げて笑った。
「若かっただろ?」
うん。若かった。俺とあんま歳変わんねぇと思った。二十代前半だろ? それで、舞台作家? アシスタントとかじゃなくて?
「天才って言われてた奴だ」
「……」
「親もこっちの業界で成功してるんだよ。父親がすげぇ脚本家で、母親が振り付け師。世界的に有名なバレエ団出身でさ。ほら、この前までやってた、ダンスと光のコラボあれの企画主催とかもしてる」
「……す、げぇ」
「むしろ、九十九を知らないお前がすごいけどな」
そうなの? 英次はぽかんとした俺に笑って、頭を撫でてくれる。優しい大きな手は昔から知っている大好きな叔父の手。
「そりゃ、餅団子の胡麻みたいにくっつくわけだ」
「団子の胡麻? なんだそりゃ」
一流のサラブレッド同士から生まれたサラブレッドで、舞台はロングラン。大人たちはこぞって褒め褒め大会。
「けど、あんま、らしいな」
「へ?」
「舞台」
「そ、なの?」
英次はうなずくと、缶チューハイを開けた。プシュッて爽やかな音を立てたと思ったら、シュワシュワと楽しげに透明な水泡混じりの液体がグラスに注がれる。
「あぁ、見てないが、間が硬いんだそうだ」
間が、硬い?
どういうこと? 間が、硬いって。間って見えないじゃん。音もしないし形も色もないのに、なんで硬いんだ? 長いとかさ、短いとか、そういうふうに言い表すもんじゃねぇの?
「?」
「見に行くんだろ? 今度」
「あ、うん」
そうそう見に行くんだ。今、俺が所属しているとこの作家さん、金井(かない)さんたちと一緒に、今度。
「そこでわかるんじゃないか?」
間が硬いっていうのを?
「あと、無愛想、なんだろ?」
「あー……」
そうだったかも。
「どんな奴だった?」
「? 英次?」
英次がソファに座り。俺の腰を引き寄せて、その座ったとこに跨るように座らせた。馬乗りになって、急に視線の高さが逆になる。
「どんな奴って?」
「……」
俺が上から、英次が下から。いつもは身長がちびな俺のほうがずっとこの人を見上げてるから、これ、ドキドキするんだ。
「どんなって……はっ? まさか、変なこと疑ってんじゃっ」
「俺みたいだったろ? 意地悪くて、不遜な感じで」
「ぜ、全然ちげーよ! 英次はあんなに目釣りあがってねぇじゃん。こーんなだったんだぜ? 狐みたいな目して、コンコン言いそうな感じ」
「なんだそりゃ」
そんで、フンって鼻で大人たちを笑って、て、俺もあの狐男も成人はしてるから大人なんだけど。そうじゃなくて、そういうんじゃなくて、ずいぶんな年上の人たちを小ばかにしてるっつうか。
「英次はカッコいいし、大人で、色気すげぇし、仕事もできて、飯も上手で、そんで」
「……そんで?」
「そんで」
俺の叔父で、俺の。
「すげぇ好きな人だもん」
「……あぁそうだな」
やっぱ、ドキドキする。いつもは覆い被さって、俺のこと閉じ込めるみたいに抱いてくれる英次を、俺が抱き締めて、覆い、被されてはないけど、上から見るのってさ。
「……英次」
俺の男って感じがすげぇして、ドキドキする。
「ね、しよ」
「あっちの考えなくていいのか?」
「あっちのは、大丈夫。まだ、日にちあるし、平気」
あっち、っていうのは、つまりはあっち。
「挙式、まで日にち充分あるから」
そう、あっち。
「夏休みの宿題みたいに後で焦るなよ?」
「失礼な。俺、夏休みの宿題、焦ったことねぇもん」
そうだっけか? って、英次がコミカルに肩をあげて見せた。まぁ、焦ったことがないのは叔父がめちゃくちゃ厳しく夏休みの宿題を俺にやらせてたから。つまりは、英次が超スパルタ家庭教師しててくれたから。けど、これは宿題じゃないし、イヤイヤでするんでもない。
「それに宿題じゃなくて、俺らのじゃん」
「……あぁ」
俺と英次の結婚式。それが生まれて初めて作る俺の舞台だ。
「だから、しよ? 明日、俺、十時からだもん」
「うーん」
「しようよってば」
「……」
もう。意地悪だな。しよ、っつったのに、それじゃダメって、ちゃんと言わないとあげないって、その視線が俺を突付くんだ。ほら、言ったら、あげるって、俺の、敏感なとこを突付く。
「も、英次っ」
ダメ? 言うの?
「セックス、しよ? 抱いて、よ」
不遜な俺の男はその誘い文句に満足気に笑って、俺の服を大胆に捲くると、真っ白な肌にまだほんのり残る、数日前のセックスの痕跡に上書きのキスマークをくっつけた。
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