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ケモ耳SS 5 サンタはイイコのところへやってくる。

 バレエなんてよくわからない。クラシックもよくわからない。でも、それを融合させた舞台を体感したかった。映像じゃわからない空気の伝わり方とかもそうだし、画面っていう製作者の意図した四角の中からはみ出た部分とかも見てみたくて。勉強になるかなって。いつだったか、そんな舞台も見てみたいって、電話で話したんだ。行きたいっていうんじゃなくて、英次との会話の中で出た話題だったのに。  そのことを覚えてて、クリスマスのレアチケットを取るなんてさ。英次は本当に俺に甘いんだ。 「英次、寝てただろ」  あと、もうちょっとで英次は帰らないといけない。 「あんなめっちゃすげぇ良い席で爆睡してただろ」  劇場でバレエコンサート観て、ちょっと早めのディナーも終えて、あとは……空港へ。 「うっせぇな、時差ボケしてるんだよ」 「うわあああっ! 押すなよっ」 「っと」  雪で足場が悪いのに、隣にいる英次にどつかれて転びそうになった。ちょっと痛いくらいに強く腕を掴まれて、ほぼ捕まえられた宇宙人みたいに支えられる。 「身体、しんどいか?」  自分からどついたくせに、そんな心配そうな顔とか、しないでよ。切なさがこみ上げてくるじゃんか。 「へーき。歩きにくかっただけ」 「なら、この歩き方やめればいいだろうが」 「やだ」 「ワガママ」  そうワガママだよ。自分から一年海外で勉強したいって言ったのに、英次に会いたくてたまらなくなるワガママ。年末でクリスマス返上で忙しいって瀬古さんが教えてくれたのに、それでも会いたいと願ったごうつくばりのワガママ。あと、今朝まで切なさいっぱいだったくせに、今は元気に英次の周りをうろちょろしてる気分屋だ。 「あったかくていいじゃん」 「バカップル甚だしい」 「いいじゃん」  クリスマスで、あとちょっとしたらタクシーに乗っちゃうんだし。俺はそれを見送らないといけないんだから、今くらいバカップルになりたいんだよ。 「にしても、なげぇマフラー」 「うん。すっごい探したっ、っとっと」  また滑りそうになるのを英次の腕が支えてくれてる。そりゃ歩きにくいよ。二人三脚してるようなもんだもん。長い長いマフラーをぐるぐると二人で巻いてるんだから。背が同じくらいならまだマシかもしれない。でも身長が全然違ってるから、チビな俺と平均よりも高い英次とじゃ、マフラーを一緒に巻くのは少し難しい。でもしたかったんだからいいじゃんか。俺から英次へプレゼントした世界一長そうなマフラーを二人で一緒にしたかったんだ。 「気をつけろよ」 「はーい」  ちゃんと返事をしたのに溜め息をつく英次に笑って、その腕にぶら下がる勢いでしがみついた。  こんなに雪降ってるのに飛行機は飛ぶつもりでいるらしく、レストランを出た時に確認した飛行情報に異常はなかった。 「……凪」 「んー?」  あーあ、残念。なんて思っちゃいけないんだけどさ。 「これ、やるよ」 「?」  さっきから数回すっ転びそうになっている俺の手を掴んでいてくれた英次が自分の懐へと、俺の手を引っ張った。そして、手首に触れる硬いもの。 「ぇ? 時計?」 「あぁ」  俺はあまり腕時計をする習慣がない。時間ならスマホを見ればいいやってくらいでしかなくて、一度も使ったことがないからかもしれないけど、必要性を感じなくて。  英次が巻いてくれたのはシルバーの無骨なメンズ用腕時計。文字盤のところに丸く穴が開いていて、中のバネが見えていた。小さく動くネジたちはまるで心臓が躍動してるみたいにも見える。 「ふたつ? 英次も、すんの?」 「あぁ」  全く同じ時計を英次もした。 「なくすなよ」 「ぇ……これ」  今だけ? もうそろそろタクシーに乗らないといけない時間。空港まで送りたいけど、雪だからダメだって言われた。まだどんどん降っている雪のせいで送った後、今度は帰れなくなるかもしれないだろって。そう言われて、それまでもっと降れと願ってたはずの雪が途端に恨めしくなった。雪のせいで、一緒にいられる時間が短くなったじゃんかって。 「どうしようかと思ったんだが、せっかく買ったからな」 「?」 「この時計はお前と同じ時間にした」 「……」 「乙女、みたいだろ?」  そう言って照れ臭そうに笑った英次の鼻が寒さで赤くなっていた。 「でも、まぁ、クリスマスだし、こんくらいしても、な」  同じ腕時計に、同じ時間を刻んで、少しでも共有したい。 「んで、後々、あん時の自分達は何してんだって、笑って話すネタにちょうどいい」  あぁ、もう。 「風邪引くなよ」 「……」 「あと、その顔は俺だけにしとけよ。さらわれるぞ」 「……」 「勉強して、歯磨いて、夜九時には寝とけ。寄り道すんじゃねぇぞ。押田とジョーンズたちは信用できるから、そこはまぁいいけど。他が言い寄ってきても無視しろよ」 「……」 「誰に何をプレゼントされてもほだされるなよ」 「……バカ」  せっかく、雪にだけ文句言って、英次のこと笑顔で見送ろうと思ったのに。 「さみぃんだから、泣くな。涙が凍る」  泣いちゃったじゃんか。 「また、会いに来る」 「っ」  照れ屋な英次が雪にさえはしゃぐクリスマスの街中で、人がめちゃくちゃ見ているこんな場所で、キスをしてくれた。 「メリークリスマス、凪」  涙がまた一粒落っこちたけど、あんま気にしないで。これは愛しさが溢れて零れたただの嬉し泣きだからさ。いっぱい勉強して、帰国する時は英次が惚れ直しちゃうくらいのいい男になっておくから、だから、楽しみにしててよ。 「メリークリスマス、英次」  クリスマスが終わったら、さぁ、次はカウントダウンだと、窓の外から見下ろす街道は今日もどこか浮ついてる。それを眺めてたら、また変な格好をして浮かれきった押田が彼女と現れた。 「は? 何してんだ? お前、まだ九時だぞ? ジョーンズたちと飲みに行かねぇの? カウントダウンは?」 「もう九時だよ」 「はぁ?」 「おやすみ、押田」  びっくりしている押田を廊下に置き去りにして、玄関ドアをしめると、大きなアクビをひとつした。今日は、瀬古さんとこに行って、また、舞台の勉強してたんだ。朝からずっと立ちっぱなしで足はパンパンだし、背中バッキバキだし。これなら、帰国した時にはもう少し、身体つきが男っぽくなってるかな。まず、背がチビだな。あんだけ牛乳飲んでるのに。 「ふわぁ……」  またひとつアクビをしてベッドに潜り込む。  枕元に置いた腕時計は九時になるところ。英次の腕にも同じ時間を刻んだ腕時計があるからさ。 「おやすみ……英次」  海の向こうでちゃんと言ってくれてる? 俺は、貴方の言いつけを守ってるよ? 九時にちゃんと寝てるし、風邪も引いてない。心配なんて擦る必要ないくらい、俺は英次一筋だから気にしないでいいよ。  そんで、サンタさん。俺、いい子にしてるからさ、だから、来年、日本で迎えるクリスマスには絶対に。 「……ふぁ」  今年よりももっと、めちゃくちゃ甘い、クリスマスを……。

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